だけどそれは全て
香苗がそうくんを本当に好きだという証拠。

現に
まだ2ヵ月も先のクリスマスプレゼントに悩んでいるのだから。




「そうくんもきっと色々考えてんだよ。」


薄暗くなった空に
紫色した雲が風に吹かれ流れていく。



「だから、連絡来るまで待ってたら?ね?」

泣きじゃくる香苗の頭を優しく撫でた。

そんなあたしに
香苗はようやく笑顔を取り戻して


ありがとう。と呟いた。






だけど――…


こんな日は必ず悲しくなるんだ。



親友だから仕方ない。

わかってるのに
香苗からそうくんの事を相談されるのが一番辛かった。



いいじゃない。
喧嘩が出来る距離にいられるんだもの。


声が聞きたい。
そう思えば香苗は聞けるじゃない。



あたしは――…





すっかり日が落ちた校舎に伸びる影。


サッカー部と野球部の掛け声が響くグラウンドの脇を
あたしと香苗は歩いて校門へと向かった。




「じゃあね。ちゃんと仲直りしなよ。」


「うん。わかったぁ。」



手を振る香苗の影が
薄暗い街灯に消えるまで見送ったあたしは

その足で反対方向へと歩き出す。




これでいい。
これが、あたしの役目。



『そうちゃんが居なきゃ生きていけない』


帰り際、香苗はあたしの手を握り
そう呟いた。


それはあまりに小さな声で
あたしは聞こえないふりをした。




わかってる。
あたしはそうくんの彼女の親友で

こうやって相談に乗るのも親友として当たり前なのだ。




わかってるのに……


どうしてこんなに苦しくなるの?







例えばもし
この世にタイムマシーンが出来たとしたのなら


あたしは迷わず手を伸ばすだろう。



叶わない恋。
してはいけない恋。


なのにあたしは何で
こんなにもあの人が欲しいのだろうか。




偶然にも同じ気持ちになれて
結ばれた恋人同士。


だけどそうなるのはきっと必然なのだ。



香苗とそうくんが付き合ったのも必然的で

あたしのこの想いはただの偶然に過ぎない。


だったら何故
神様はあたしにあの人を出会わせたのだろうか。



こうなる事は


わかっていたはずでしょ?





あたしが
そうくんに想いを寄せたのは


必然的な事じゃないの?




ねぇ


誰かあたしを




助けて下さい――…






奇跡かと思った。


幻かと
本気で自分を疑った。




「海音ちゃん?」


「………そう…くん?」



香苗と別れて
何だか帰る気になれなかったあたしは
騒がしい街の中
ただ歩き続けていた。



まさか
こんな所でそうくんに会うなんて―…





「一人?」

「え?あ、うん!」



吹き付ける風は冷たいのに
あたしの体は熱い。


熱でもあるんじゃないかと思ってしまう。




そんな自分を隠すように

「そうくんは?一人なの?」と出来るだけ自然に尋ねた。



「うん。さっきまで友達と居たんだけど帰って来ちった。」


ははっと笑うそうくんに会うのは
夏休みに香苗とバッタリ会った時以来。


あたしの心が壊れたように激しく動いてる。




どうしよう。
まさか会えるなんて思ってなかったから。



あたし、変じゃないかな?



鏡を見て確認したいけれどそんな事は出来ない。


確認したところで
そうくんの心は香苗の物なのに。





「け、喧嘩、したんだって?」

その場を取り繕うように発した言葉に
あたしは後悔した。



「…ん。香苗から聞いたんだ?」

悲しそうに眉を下げるそうくんに
心が痛んだ。



そんな顔させたくて言ったんじゃないのにな…。




「香苗、何か言ってた?」


走り過ぎる車の音に
そうくんの声がかき消されてしまう。



そんな様子に

「海音ちゃん、まだ時間大丈夫?」

と少し大きな声で尋ねられた。


ドクンと心臓が跳ねる。




「相談、聞いてくんない?」




どうしてこんな事になったんだろう。

緊張して
喉の奥がカラカラだ。



「何か食べる?」

「う、ううん!大丈夫!」

小さな喫茶店に
不釣り合いな制服姿のあたしとそうくん。


ただ目の前にあったから入っただけで
わざわざここを選んだ訳じゃない。

かと言ってファミレスは誰に合うかもわからないし
そうくんがここを選んだのは妥当だろう。




香苗との事を相談されるんだ。

悲しいと思う反面
今のこの状況が嬉しくてたまらないのも嘘ではない。




「お待たせ致しました。」


カチャンと上品な音が鳴り
あたしの目の前に置かれた紅茶。


慌ててそうくんに視線を向けると

「俺の奢り。」
そう言って笑った。




温かい紅茶に
ドキドキが収まっていくのがわかった。


目の前には
あたしの恋い焦がれる大好きな人。



これ以上
幸せな事なんかないんじゃないかな。

心からそう思った。




「静かだね、ここ。」

頬杖を付き
コーヒーにミルクを入れるそうくん。

ブラックコーヒーにミルクが混ざって綺麗な弧を描いてた。




「俺さ。」


おもむろに口を開いたそうくんに
あたしは紅茶をテーブルに置いた。



視線がぶつかる。


全てを見透かすようなそうくんの瞳に
今、あたしが映ってる。




「何か疲れちゃった。」


「え?」


意外な言葉に
あたしは間抜けな返事を投げる。




疲れたって……。


香苗の事…?





聞きなれない喫茶店のBGMが
あたしの鼓動にゆっくりと流れ込む。



「あいつさ。俺の事疑ってばっかりなんだ。」


『携帯見ちゃった…。』



香苗の言葉が頭を過ぎった。




「信じてもらえないのって結構、辛いよね。」


悲しそうに微笑んだそうくんは
小さく溜め息をはいた。




「だから正直、疲れた。」


ぐっと握り締めた拳をテーブルの下で隠す。



「でも……香苗の事…好きなんでしょ?」


好き――…



聞きたくないのに
何故か聞いてしまった。


傷付きたくない。




だけど――…



「好きかぁ。」


そうくんになら
傷付けられても構わない。



「よく、わかんない。」



だってあたしはもう


傷付いてる。






よく、わかんない。

そうくんは確かにこう言った。



「最初はさ、好きだって言われて…何となく俺も好き…かな。って思ってたんだ。」


体を預けたそうくんに
古いイスがギシっと鳴った。




「でもあいつのワガママ聞いてるとさ、こいつ本当に俺の事好きなのかな?
とか考えて…。」



そうくんは淡々と話してくれた。



ワガママすぎる香苗に時々付いていけない。

最初は答えてあげられたワガママに
今は答える気になれない。


好きなのか
それすらもうわからないと……




「ごめんね。こんな話…男友達にはあんま話せなくてさ。」


「う、ううん、大丈夫!」



そう返事すると


本当にありがと。と優しく笑ってくれた。




その笑顔が
あたしの物だったら…


本気で思った。