「で?どうすんの?」
え??
どうするって……。
戸惑うあたしに浦吉が頬杖を付いて見てた。
そして
「学校辞めんのか?」と悠然と尋ねる。
あたしは少し躊躇して
首を縦に振った。
怒られる。
きっと、浦吉は許してくれない。
そう思ったあたしに聞こえて来たのは
意外な言葉だった。
「この前の答え、わかったか?」
「へ…?」
この前って…。
『例えばさ。その友達がその親友の子とは全く赤の他人だとして。』
『そうしたら、お前の友達はきっと、その彼を好にはならなかったんじゃないかな。』
進路面談の時
浦吉が言った言葉。
香苗の親友じゃなければ
あたしはそうくんを好きにならなかった。
何で?
そう聞いたあたしに
浦吉は答えを導いてくれなかった。
自分で考えろ。
そんなふうに言わんばかりに。
実はあれから
あたしなりに浦吉の言葉の意味を考えてた。
とは言っても
考えたのはほんの一日で
それからあった様々な出来事に
考える事すら忘れていたのも事実。
「…わかんない。教えてよ。」
少し間を置いたあたしは浦吉にそう告げた。
「なーんだ。まだわかってなかったのか。」
浦吉が小馬鹿にしたように笑う。
「何よ、教えてくれるんじゃないの?」
「…知りたいの?」
小さな怒りを隠しながらあたしは頷いた。
「知ってどうする。知ったところでお前は産むんだろ、子供。」
浦吉は意地悪だ。
決してすぐには答えを教えてくれない。
だけどそこに深い意味があるのを
二年生の一年間で知っていたから
あたしは反論しない。
「だけど知りたい。教えてよ。」
その答えを聞けば
あたしは香苗と大輔。
そしてそうくんと
正々堂々、向き合えるような気がした。
「じゃあ。交換条件だ。」
「交換条件…?」
「そう。俺だけ損してちゃ割に合わんだろ。」
先生のくせに
ズル賢い。
あたしは渋々ながらも
「わかった。」と答えた。
「じゃあ教えてやるよ。」
「ちょっと待って。その前に浦吉の言う、
交換条件教えてよ。」
「嫌だね。そうしたらお前、やっぱいいとか言い出し兼ねない。」
浦吉はあたしの性格をよく理解してる。
だからきっと
浦吉はみんなから慕われるんだと思った。
「よし。交渉成立な。」
何も話さないあたしに
浦吉が勝ち誇ったように笑った。
あたしの負けだ。
答えはいつも一つじゃない。
答えとは
人の数ほどあるんだと
浦吉がいつも口癖のように言っていた。
だから浦吉は答え合わせの前に
「最初に言うけど、これは俺の考え。それをどう受け取るかはお前次第だ。」
と付け足した。
ゆっくり
そして確実に
浦吉は説明してくれた。
「まず、沖村。お前は何で田村の彼氏を好きになった?」
「……あたしの話じゃないってば。」
ここまで来てシラを切るあたしに
浦吉が睨み付ける。
「…ごめん。もうバレバレだよね。」
全てお見通しの浦吉の瞳はさすがのあたしでも困った。
「で?質問の答えは?」
再び本題に戻した浦吉の質問。
あたしは考えた。
そうくんの事を
好きになった理由…。
浦吉の顔は真剣そのもので
適当に答えるのは許されない。
わかってるからこそ
あたしはすごく悩んだ。
あたしは一体、何故そうくんを?
香苗が彼氏出来たって言って
心配だったあたしは紹介してもらった。
だけどそうくんは
あたしの想像とは全く違っていて……。
「……意外、だったの。」
「意外?」
「…うん。だって香苗が選ぶ人はいつもダメ男だったから…。」
そう、だけどそうくんは違った。
ワガママな香苗を
そうくんなりに愛してたと思う。
「ふぅん。」
自分で聞いてきたくせに
浦吉は興味なさそうに天井を見た。
「何よ、真剣に答えたのに。」
「あぁ、悪い。」
頭を掻いた浦吉があたしに視線を向けた。
そして
「だけどそれは外れだ、俺の中で。」
と人差し指を立てた。
「外れ?」
あたしの言葉に
浦吉は『外れだ。』と言った。
そして立ち上がった浦吉は身振りを添えて話し出した。
「いいか、沖村。お前が田村の彼氏を好きになった理由は…。」
瞬きすらせず
浦吉を見上げる。
「その彼が、田村の選んだ人だからだ。」
「え?」
浦吉の答えは
あたしの予想を大きく覆した。
香苗が、選んだ人だったから
あたしはそうくんを好きに?
「ちょっと待って。」
納得がいかなかった。
それは絶対、違う。
そう思った。
「あたし、香苗の今までの彼氏にはこんな気持ちにならかったよ?」
そう。
浦吉が言う答えが正しいのなら
香苗が今までに付き合ってた最低な男達も
あたしは好きだったって事になる。
それはない。
絶対ありえない。
あたしの反論に
浦吉がふっと唇の端を上げた。
「だからお前は中途半端なんだ。」
「な…っ!何よ!」
いい加減、バカにされているのにも限界だ。
怒りを露にするあたしに浦吉が
「話はまだ途中だ。」と冷たく告げる。
「田村はどうだ?」
「え?」
突然、香苗の事を聞かれて戸惑った。
「田村は彼氏の事、どんなふうに好きだった?」
どんなふう?
何でそんな事聞くの?
浦吉への不信感を押さえながらも
あたしは考えた。
『そうちゃんが居なきゃ生きていけない。』
『あたし、あんなに誰かを好きになったの初めてだったから…。』
『だから、あたし諦めない事にした。頑張ってみようって。』
香苗は
これ以上好きになれる人居ない。
そう口癖のようにこぼしていた。
だから
別れに直面した時
自分を傷付けてしまったんだ。
「…すごく、好きだと思う…。今でも好きだって言ってた。」
「じゃあそうゆう事だ。」
「え?」
浦吉はカーテンを開けて簡潔に言った。
眩しい光に
あたしは目を細める。
「田村はおそらく、その彼に出会うまで本気で人を好きになった事なかったんだろう。」
窓の縁に腰を掛けた浦吉が
振り返ってあたしを見下ろした。
「田村が本気で好きになった相手だからこそ、俺はお前がその彼に惹かれたんだと思うな。」
浦吉の口から
答えが紡ぎ出される。
「沖村は、どこかで田村の事羨ましかったんじゃないか?
本気で人を好きになる事が出来た田村をね。」
衝撃的だった。
浦吉は的確に
あたしの中のモヤモヤを吹き飛ばしてくれた。
香苗は確かに
今までの彼氏とは比べ物にならないくらい
そうくんを好きだった。
傍に支えてくれる存在、自分を認めてくれる存在が居なきゃ
自分の立ち位置すら決められない子だ。
その恋が終わってしまえば
また、次に支えてくれる存在を探す。
泣いても
次の彼氏が出来ればすぐに切り替えられる子だった。
だけど
そうくんは違う。
不安定に揺れながら
未だに彼を想う香苗。
口では『彼氏欲しい。』なんて言うけど
前みたく次に進もうとはしていない。
そうくんを
本気で
好きになったから。