浦吉は結局、あたしの質問に
答えといえるような言葉をくれなかった。



「おのずとわかる時が来るさ。まぁ、今のお前じゃ、きっとわからないだろうけど。」


浦吉の言葉に
あたしは溜め息をついて教室を出る。




自分で考えろ。
って事か………。





「随分長かったね?」

「わっ!」


突然聞こえた声に
あたしは驚いて肩を竦めた。




「香苗……。」

そこには笑顔であたしを見つめる香苗の姿があった。



「そんなに悩んでるの?進路。」

「……何か…自分のやりたい事、わかんなくて。」




香苗の目が見れない。



ふいに蘇る
冷たい唇―――…






香苗はここ最近体育の授業を休んでた。

『着替えてる時、見えちゃうから。』

そう言って包帯の巻かれた腕をセーターで隠す。




そんな香苗は
携帯の画面を見つめて

『連絡来ないの。』
悲しく瞳を揺らした。




靄がかかったあたしの心は

迷子のように彷徨っている。




もう終わりにしよう。

こんなデタラメな恋に
未来はない。




だけど唇は
確かにあの日の感触を覚えていて。






どうしてだろ。


あたしはどうして
こんなにも汚いのかな。





香苗の傷付いた心の痛みを
十分すぎるくらい
わかっているのに…



大輔の真っ直ぐで
揺るぎない想いの深さを
これ以上ないくらいに
感じているのに…






何であたしの心は




あてもない海底を
彷徨っているのだろう。







校門から校舎まで続く木々達がピンク色に染まる。


まだ花を開いたばかりの桜が
校舎を明るく見せた。



「…くしゅっ!」

「……大丈夫?目、真っ赤だよ?」


ティッシュを片手に
香苗は咲き渡る桜の木を見上げる。




「あたし達もとうとう、三年生かぁ…。」


そうぼやいた香苗は
再び可愛いらしいくしゃみをした。



「病院行ったら?鼻だけ化粧がはげてるよ。」

「海音は花粉症の辛さがわからないのぉ?」


ぐずぐずになった鼻声で香苗はあたしを睨み付けた。





季節は春。


蒼い空に
入道雲が流れてゆく。





この年は
あたし達にとって


高校最後の一年。





春ボケとはよく言ったもので
花粉症と無関係のあたしは香苗とは違う悩みを抱えていた。



「眠い。春ってどうしてこんな眠いんだろ。」

「海音、それ毎年言ってるよ?」



代わり映えのないクラスの風景に
三年生になったという実感が沸かない。


ただ一つ変わったのは
クラスの階が
二階になった事くらいだった。




「おーい。席に付け。」


ざわめく教室に
見慣れた担任が教卓に立つ。




「また浦吉かよ!」

「も~見飽きた、浦吉の顔~。」


はやしたてるクラスメートに

「うるさい!」なんて笑って怒るフリをした浦吉に
クラスのみんなが笑ってた。




浦吉は
みんなに慕われている。



他のクラスとは違い、うちのクラスに変な派閥がないのは


浦吉のこの人柄のおかげだと思う。





「お疲れ様でした。」

そう言って
店長に軽く挨拶をしたあたしはバイト先をあとにする。




「おせぇよ!」

「ごめん、なかなか10時からの人が来なくて。」




コンビニを出た先に
大輔が自転車の横で待っていてくれた。




「お前のチャリ低いからサドル上げた。」

「え~、あたし足届かないじゃん!後で直しといてよ?」

「めんどくせぇ。だからバイクで迎えに行くって言ったのに。」

「原付は二人乗り出来ないでしょ!」



そう言って荷台にまたがり運転を急かすあたしに


「チャリンコも二人乗り禁止じゃねぇか。」

大輔が憎まれ口を叩く。



「うるさーい。ほら!出発~!!」

「お前がうるせぇよ!」



薄暗い街灯に
あたし達の笑い声が響いていた。





裏道を使い
30分掛けて着いた大輔の家。


「あ~超疲れた。」

「でも楽しかったね!二人乗りもたまにはいいかも。」



よくねぇよ!
そんな大輔を放ってあたしはテレビを付ける。



「今度はクッション持参しなきゃ。段差の度にお尻痛くて。」

「お前、俺の話聞いてないだろ。」



ベッドに倒れ込む大輔は
手招きをしてあたしを呼んだ。



ベッドまで行くとキスをせがまれる。


ベッドに寝転がる大輔に腰を曲げて
軽く唇を重ねたあたしはそのまま押し倒された。



「大輔、待って。」

「ん~?」


首にキスをする大輔にあたしはテレビを指差して


「これ、見たいの。」とベッドから降りる。



どうせ後々抱かれるくせに。







大輔に抱かれるのは嫌じゃない。


むしろ何も考えなくて済むから
あたしは大輔を拒んだりしない。




ただ、キスされるのが嫌だった。


あの海でした切ないキスを
忘れてしまうのが



嫌だったんだ。







~♪~♪~♪


「……海音、携帯鳴ってる…。」

「…いいよ、放っておいて。」

「そ…。」



その答えに大輔が再び動く。



「…ん……大輔…。」

唇が重なる。
深く、何かを求めるように。




~♪~♪~♪


「…また鳴ってる。家からとかじゃないの?」

「……そうかも。」



重なり合う中
響く携帯電話は余計にうるさい。


まるであたし達のこの行為を
中断させるように携帯が鳴り響く。





あいにく
まだ服を脱ぐ前だったあたしはベッドを降りた。




そして携帯を取り出して首を傾げる。


画面には登録されてない携帯番号。





「…誰?」

「わかんない、知らない番号。」



ふぅん。と適当に返事をする大輔に
再び携帯が鳴った。




「何かやだ。大輔出てみて。」

「ん。貸してみ。」



あたしは携帯を大輔に差し出す。




「もしもし?誰?」


あたしの携帯に問い掛ける大輔は寝転がったまま口を開いた。






そして

「…切れた。間違い電話じゃねぇの?」
と大輔は再びあたしに携帯を返す。


「…そうかなぁ。何かやだね、こう何回も掛かって来ると。」

「まぁいいじゃん。続きしよ。」


そう言ってあたしの手を引き
大輔は再びキスをした。





大輔の瞳に
もうあの時のような不安の色はなかった。



きっと
こうして何度も肌を重ねる事で
大輔の不安は消える。

それなら
こんな体、どうなってもよかった。


あたしはもう
誰も傷付けたくない。









「そう言えば……。」

「ん…?」



事を終えた大輔が
あたしの頭を撫でながら呟いた。





「海の音がした。」

「え……?」


海の音…?



何の事を言ってるのかわからないあたしに大輔が続ける。





「さっきの電話だよ。何も話さなかったけど、波みたいな…海の音がしてた。」










海の音。




それは
あたしが今一番、聞きたくない波の音―…