サレンスは矢が湖面に落ちる寸前、鉄のやじりに力の<焦点>をあて、熔解させた。
 それは細かい粒に分かたれて落下し、湖面に薄い水蒸気の膜を形成した。
 そこにクラウンが落雷で衝撃を与えた。

 薄膜は衝撃波とともに破壊される。
 水が気化して起こる爆発。
 いわゆる水蒸気爆発である。
 それが身を護る黄金の鱗を失ったドラゴンを容赦なく襲った。
 もうもうたる水煙が巨体を飲み込む。
 灼熱の水蒸気が見守る彼らすらをも襲ったが、心得たものでサレンスが冷気で遮蔽する。

「やったか」

 しかし。

 水煙が晴れた湖上には。

 ドラゴンがいた。

 サレンスたちの攻撃と爆発に傷つき、あちこちから血を流し、満身創痍ながらも、ドラゴンの血赤色の瞳は炯炯とした輝きを放っていた。
 あきらかに崖上のサレンスたちを敵として認識していた。

「嘘っ!」

 サハナは小さく叫び、アウルがごくりと生唾を飲む。
 サレンスはただ蒼い双眸を細めただけだった。

「しかたない。クラウン、やるぞ」
「しゃあないな」

 呆然とドラゴンを見つめていたクラウンは、サレンスの言葉に我に返ったようだった。

「サレンスさん?」

 サハナの問いにクラウンに向き直りかけたサレンスが振り返る。

「大丈夫だ、サハナ」

 安心させるかのように森の民の少女に声を掛け、ついでもう一人の森の民の青年にも声を掛ける。
 
「悪いが、少し時間を稼いでくれ」
「わかった」

 サレンスの意図を察してアウルが答え、彼らを護るように、こちらに向かってくるドラゴンの前に立ち塞がる。
 背中に背負った大剣を抜き、構える。
 再び髪と瞳が朱に染まる。
 その背をサハナはただ見守るしかなかった。