続・彼女が愛した温もり



『リンゴ剥きますね‥』

って言っても残念な事に料理は苦手。
カレーとか包丁をあまり使わないものなら出来るけど‥
包丁があまり上手く使えない。

目の前のリンゴがだんだん小さくなっていく。
皮を剥くはずが下手すぎて身まで一緒に減っていく。


『香玲ちゃん、貸して』

弱々しく差し出された手にリンゴを渡すか迷った。
でも、断るのも何か申し訳なくて渡した。

唯さんの器用な手がリンゴの皮を綺麗に剥いていく。


『赤ちゃんね、名前は慶斗(ケイト)にするつもりだったの』

『そうですか‥』

『慶斗が風邪引いたらこんな風にリンゴ剥いてあげたのかな‥
ご飯作ったりお話したり。

まだ夢見てるの

叶うはずないのに』


“叶うはずないのに”
重い声が痛かった。

だからついバカな事を言ってしまった。

『私が死ねば良かったのかな‥
慶斗くんの変わりに私が死ねば

みんな幸せなのに』

唯さんの見開いた目が
私の目に移った。




“私が死ねば良かったのかな”

唯さんの見開いた目が驚きと寂しさを含んでいた。


唯さんの手に握られたリンゴが布団に落ち
小さめのナイフが私の首に当てられた。


本当に死んでもいいと思った
生きる意味が見いだせなかった。

目を閉じて浮かぶものなど無いはず‥
なのに

浮かんだのは私自身よりも大切なコーキ

私死んだら泣いてくれるかな、悲しんでくれるかな。


閉じた目から流れる涙も拭わず
首に触れるひんやりとしたナイフが刺さるのを待っていた。

生まれ変わったら
私は絶対に
生まれてきたくない。

鳥にもならなくていい、人間はもっとイヤ。

『唯さん‥最後に一つだけ。
私が死んだら豪華なお葬式もお墓も何もいりません。
ただ少しでいい。
嘘でも目薬でもいい。
泣いてください‥
偽りでも悲しんでください』

もう、死ねばいい。
私なんか。

ただ首から血が流れるのを待っていた。




『カレンちゃん?』

目を閉じている私に唯さんの声が響く。


『本当に死んで後悔しない?』

死んで後悔‥

『するかも‥しれない‥』

『まだやり残した事もあるでしょう?』

やり残した事‥

パパとの事‥
コーキとの結婚‥


『あります‥』


『なら刺せないわ』
首からナイフが外された。


と共に吐き気が襲う。




『唯さん‥ちょっとトイレかります‥』

病室内のトイレに駆け込み吐いた。


最近、体の調子が悪い。
吐き気や頭痛など‥


タオルで口を押さえながらトイレを出ると唯さんが心配そうに見つめていた。


『ご飯ちゃんと食べてる‥?』

『あんまり‥食欲なくて。』

『そう‥』


会話がぎこちない‥

唯さんと真っ正面からぶつかった事がないからか
話が続かない。



『じゃ‥帰ります‥』

唯さんに別れを告げ
家に帰宅する。


勉強したいけど、体が拒む。

ベッドに横になり目を閉じると携帯が鳴った。

この着信はコーキだ‥

『もしもし‥』

『あ、寝てた?』

『ううん、寝かけてた』

『じゃ、かけ直すか?』

『ううん、声が聞きたい』

私の精神安定剤。
声も体もコーキという存在が私に元気をくれる。




『どうかした?』

『んーと‥体の調子が悪い‥』

『どんな風に?』

『吐き気や頭痛とか‥』

『大丈夫なのか‥?』

大丈夫なのかって聞かれたら

『大丈夫だよ』
って言ってしまうよ。

好きだから心配かけたくない。

そっちだってお仕事忙しいもんね‥




『そっか、安静にな』

『うん、お仕事頑張って』


電話が終わり寂しさと不安が襲う。

帰りたい‥

けれど、勉強も家族も中途半端なままコーキに会えない。


『会いたいなぁ‥』

口に出した言葉は小さく消えていき


また吐き気が襲い


トイレに駆け込んだ。





『はぁ‥』

口から唾液が垂れ惨めで醜い姿が鏡に映る。


こけた頬に目のクマ
青白い顔

最悪だ‥


最近、痩せたような気がする‥

有紗さんの事をコーキに聞けていない。
コーキも稜の事を聞こうとはしない。

お互いが争いを避けている。


喧嘩をした事がないから分からない。
喧嘩の恐ろしさが。



ベッドに向かいまた目を閉じる。

携帯をマナーモードにして一切の音を遮断する。


心地良い眠りに少し安心し
目を深く閉じる。


明日からも頑張ろう‥
心にそっと呟いて


眠りについた。




学校って面倒くさい‥

苦手な美術を受けながら思った。

絵心がないし、絵も下手。
昔から美術だけどうも相性が悪い。


吐き気が収まり気分は上がっても
美術で下がる。


『はぁぁ‥』
学校が終わり溜め息をつきながら校門を通る。

万里子は日直で帰りが遅くなるらしく
一人‥


『あの‥あなたよね?』

『え?』

ショートカットの背の高い綺麗な女性が話しかけてきた。

『あ‥ご、ごめんなさい‥
カレンさんよね?』

『あ‥はい‥』

えーっと‥誰だっけ?

パパの取引先の人?
遠い親戚?

全く分からない‥

歳は‥45くらいかな?

しかし綺麗な人‥

でも誰?