−…春になると、屯所の庭の桜が綺麗に咲いた。
三本ある内の一本だけが、いつも二日だけ咲き遅れるのだけれど。
咲き遅れた分だけ、濃い色をした花びらを庭一杯に散らしてくれる。
『ニャー…』
ふと桜の根元を見ると、木の幹に隠れるようにして子猫がこちらを見つめていた。
『どうしたの。…こんな物騒な所に居たら、土方さんに斬り殺されちゃうよ?』
『ニャー…』
春先とは言えまだ肌寒い。木の幹に隠れている子猫が震えている様に見えて、思わず手を伸ばした。持ち上げた体は小さくて、思っていたよりずっと暖かい。
『…誰に斬り殺されるって?』
不意に背後から、聞き慣れた声が響く。
『…あ、聞こえてました?』
『生憎、子猫を殺す程暇じゃねェ。』
『やだなぁ…冗談ですって。』
振り返ると、想像通りのしかめっ面。この人はいつも、俺の冗談に笑ってくれない。
『可愛いでしょ、コイツ。桜の下で拾ったんです。』
『またお前は…なんでいつも子猫だの捨て犬だのを拾ってくるんだ…。前の犬はどうした。』
『隊士のお母さんにあげました。息子と離れるのが寂しいって言うから…。息子も犬面だったし、似たような物かなと思って。』
『…性格悪いな、お前。』
『土方さんに言われたくありません。』
土方さんが大きく溜息を吐く。
『もう良い…部屋に戻るぞ。』
『えー…桜が綺麗なのに。』
『来年も見れるだろ。』
『来年は、もう生きてないかもしれないし。』
…ホラ、笑ってくれない。
『…冗談ですって。沖田総司、どんな敵にも屈する事無く…−』
『総司。』
不意に胸倉を掴まれ、思い切り引き寄せられた。
胸に抱えた子猫を落とさないように抱えると、子猫は苦しそうに小さく鳴いた。
『…お前が死ぬ時は、敵にやられる時じゃねェ。−…お前が、新撰組を裏切った時だけだ。』
土方さんの言葉に、胸に熱い物が込み上げた。
やだなぁ土方さん…
俺が、新撰組を裏切れる訳無いでしょ。
新撰組は、俺の全て。
俺の人生…そのもの、なんですから。