「何か、不安なこととか…生活で気になることはありますか?」
俺がそう言うと、
彼女は目線を窓に向けた。
その視線の先には何があるのだろう。
彼女は今まで、
何を見て、聞いて、生きてきたのだろう。
その世界は、一体どんなものだったのだろう。
「どうして……」
「…どうして?」
「どうして…先生は医者になったんですか?」
「えっ?」
「気になるんです。どうして川崎先生が医者を目指したのか。」
そう言い終わると、
ゆっくりと俺と目線を合わせた。
一瞬だったのに、
何時間にも感じたその空気。
息をするのも忘れてた。
「それは…」
妙に声が擦れる。
まさか、彼女のほうから質問されるとは思わなかったから。
動揺してしまった。本当に。
「病にかかった患者さんは、完治される方もいれば、されない方もいます。
でもその人たちは、本当に最後まで、懸命に生きようとするんです。
だから僕は、そんな人たちの少しでいいから手助けになりたい。
…そう思って、医者を目指しました。」
「手助け…?」
「はい。少しでも人生が最後の最後まで輝くように、手助けを……大野さん…?」
目の前にいる、大野亜矢子は
切れ長のその目から、
一粒の涙を流していた。