上から下までしっかり観察したわりには、そのあまりのおちゃらけっぷりに言葉をなくしていると。
茶髪はもう一度。
「吉岡千景サンッ♪ ちょっとお話いいですかッ♪」
と言ってきた。
・・・・うげっ。
男子があたしを“吉岡千景”とフルネームで呼んでくるときは、決まってロクなことが起きない。
特に、おちゃらけた格好とポーズ以外は、カッコイイ部類に入るだろう人に声をかけられたときなんかは。
ほら、アンタも見てみなさいよ、周りの女子の目を!!
あたしもけっこう目立つほうだけど、加えて先輩もムダに目立つから、絶対あたしが変な噂を立てられるに決まっている。
女子とはそういう生き物なのだ。
「・・・・な、なんですか。あたし、もう帰るんで。時間がないので失礼します」
だからあたしは、急いで靴を履いて玄関を出た。
・・・・の、だけど。
「待って待って!時間は取らせないから話聞いてッ」
「グエッ!!」
慌てふためくその声とともに、制服の首根っこをがっつりつかまれてしまった。
ぐ、ぐるじぃ・・・・。
てか手、伸びたんじゃ!?
ギャーッ!! おちゃらけている上に能力者かよっ!!
やだやだ、こんな得体の知れない人となんか関わりたくないよ!!
「やだ!やだやだやだッ!ちょっと離してッ!先輩が海で溺れても助けられませんからあたしッ!」
「吉岡サン・・・・?」
「泳げないんですッ、潜れないんですッ、力ないんですッ!だから仲間にはなれません離してッ!!」
「ちょ、なに言って・・・・」
「仲間ならもっと有望な人を探してくださいッ!」
と、無我夢中で抵抗した。
思いつくままお断りのセリフを並べて、体が動くままに手足をジタバタさせて。
もう恐怖だ、こんなの。
すると。
「吉岡サンってば、ちょっとでいいから落ち着いて!俺、別に海賊王とか目指してないからッ!」
そう言って、能力者の先輩があたしの肩をつかんだ。
は? め、目指してない?
「見て、ほらコレ。今使ったのはオモチャ屋さんでよく売ってる孫の手みたいなヤツだって。俺の手が伸びるわけないでしょーに」
先輩にそう言われて、恐る恐る薄目を開けて見てみるあたし。
オモチャの孫の手が嘘だったら、ぶっ倒れる勢いだったけど。
「な、なんだ、ビックリさせないでよもう・・・・。てっきりあたし、海に出たいもんだと・・・・」
伸びる手の正体は、どうやら先輩の言った通りのようだった。
てか、なんで持ってる!?
意味不明だわ、この人。
「ご納得カナ?」
「・・・・ええ、まぁ」
この衝撃的な出会いこそ、昼間サヤと話していた“コクレン部”部長との出会いだった。
おちゃらけていて、ツッコミどころ満載で、常にアホで、馴れ馴れしくて、ウザくて。
でも、誰よりも真っすぐな心であたしのことを見てくれる───・・
高瀬康介、との。
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───あれから少しして。
先輩とあたしは、なぜか校庭の隅にポツンと建っている、今にも倒れそうな物置小屋の中にいた。
プレハブ小屋だから、春だというのに熱気がこもっていて、おまけにホコリ臭いしカビ臭い。
「ここが仮の部室ネ♪ はぁ〜、どっこらしょと。ほらほら、ちぃーちゃんも座って座ってッ!」
「はぁ・・・・。てか先輩、仮ってなんですか? ココ、体育倉庫じゃないですか。学校からもハブられてんじゃねーですよ」
「ハハッ。ちぃーちゃんって、見かけによらずキツこと言うねー」
「うるさいですよ。もとからこういう性格なんです」
一瞬、こんなボロ小屋のどこに座ればいいんだと思ったけど。
先輩が自分の横にスペースを作ってくれたから、とりあえずそのマットに腰を下ろす。
走り幅跳びなんかで使う、あの緑色のマットの上だ。
「てか先輩、あと一つ、キツいついでに聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」
「あたし、いつから“ちぃーちゃん”になったんでしょう。やめてもらえませんかね、あだ名とか」
そうなのだ。
この先輩───高瀬康介先輩は、さっきからあたしのことを“ちぃーちゃん、ちぃーちゃん”と馴れ馴れしく呼んでくる。
仲良くなった覚えもないというのに、ホントいい加減な人だ。
「だってさ〜、これから一緒に活動すんのに吉岡サンはないでしょう。親しみを込めたいのサ」
「そんなのいりません」
「またまたァー」
・・・・なんだってのよ。
さっき玄関で騒いでしまったお詫びに、仕方なく先輩の話を聞くことにはなったけど。
もう一緒に活動するつもりでいるなんて、なんておめでたい頭をしているんだ。
あたしは話を聞くだけ。
どんな活動をするのかは知らないけど、それを聞いたらお断りして帰るっていうのに。
よっしーがいいかな?
それともおっきー?
なんて言って、頼んでもいない新しいあだ名を考える先輩を横目にあたしは長いため息をついた。
けれど、その直後・・・・。
「アァァーッ!!」
いきなり叫び出す先輩。
ななな、何事!?
条件反射で体がビクつく。
そんなあたしの横で、先輩は髪をモジャモジャにしながら言う。
「ダメだァ!! ごめんヌ、ちぃーちゃん!やっぱ“ちぃーちゃん”しか浮かばない!」
本気で泣きそうな顔なんかして、あたしにすがりついてきた。
てか“ごめんヌ”ってなに?
“ヌ”って噛んだの?
「ちょッ!先輩ッ!なにすんですか!! 抱きつかないでよ!! チカンッ!!」
「そんなぁ。ひどいよ〜、ちぃーちゃぁぁ〜ん・・・・」
「もうっ!泣くほどのことじゃないでしょうよ!たかがあだ名くらいでッ」
「だってぇ〜・・・・」
うざい・・・・。
うざい上に面倒だ。
今の“ヌ”に猛烈にツッコミたい気持ちをこらえ、すがる先輩をなんとか引き剥がす。
そして、諦め気分で「ちぃーちゃんでいいですよ」と言ってやる。
抱きつかれるのは、こんなおちゃらけ男でもさすがにドキッとしてしまうから。
それに、誰にどんなあだ名で呼ばれたって、本当は全然構わない。
会ったその日に“ちぃーちゃん”なんて呼んでくるから、ちょっとシャクに触っただけだ。
「えっ、いいの!? ちぃーちゃんやっさし〜!! そう言ってくれるんじゃないかと思ってたよ〜。ちぃーちゃん大好きッ♪」
すると、先輩はこの有様。
先輩に大好きだと言われても、ぶっちゃけちっとも嬉しくない。
もっと言うと、大迷惑。
自分のペースが最優先というか、能天気というか、ただのおちゃらけたアホというか・・・・。
このマイペース男に巻き込まれまいとしているのに、どうしてかうまく線引きができない。
そして、そんな自分が情けない。
でも、どうせこれっきり。
そう気持ちを入れ換えて、はしゃぐおちゃらけ男に質問を投げる。
“よっしー”だの“おっきー”だの、そんなあだ名の話で時間をムダにするわけにはいかない。
「で、先輩の話ってなんですか? あたしに何をしてほしいの」
そう言うと、今までのおちゃらけっぷりから一変。
先輩は、突如目をキラキラ輝かせながら話しだした。
「お昼休みにさ、部活案内の掲示板を友だちと見てたでしょ? あと、フッたのフッてないだの、そんな話もしてたよねぇ?」
それを聞いてピーンときちゃったんだよねぇ!俺の相棒はちぃーちゃんしかいない、って!
そう言ってニヘラ〜と笑う先輩。
・・・・その顔、とーっても薄気味悪いんですけど。
でもまぁ、確かに先輩が聞いたことをサヤとあたしは話していた。
“コクレン部”とはなんぞやと。
・・・・それもまぁ、サヤと違ってあたしは即却下したけど。
「あれ? でも、ちょっと待ってよ先輩。その話を聞いたからってなんで先輩があたしに会いに来たりするんですか? 部活に入る気なんてないですよ?」
「えっ!? そうなの!?」
「そうですよ」
「じゃあ、なんで俺の話を聞こうと思ったの?」
「ただの冷やかし」
「冷やかし!?」
目をひんむいて驚く先輩はとりあえず無視して、先に言ってしまうとそうなのだ。
もとからあたしは、部活に入る気なんてさらさらない。
ましてや“コクレン部”なんぞというアヤシイ部活の勧誘だったら即刻お断りだ。
“仮の部室”と言った時点で何かの部活をしているとは思っていたけど・・・・まさかコクレン部?
いやいやいや。
その疑問を頭から追い出すために首を振って抵抗する。
まずは聞いてみないと。
「相棒はともかく、あたしたちが掲示板を見ていたのを知っているってことは、先輩って部活やってる人ですよね?」
“冷やかしって”と、膝を抱えて体育座りをして指で床に円を描くという、限りなくベタな落ち込み方をしている先輩に聞いてみる。
すると先輩は、ちょっとだけあたしを見て「・・・・そうだよ」とタコみたいに口を尖らせる。
やっぱりか。
冷やかし気分でついてきたけど、これは悠長に構えていられない。
今すぐお断りだ。
ここに来るまでの途中、先輩はとにかくしゃべりっぱなしだった。
名前、学年、クラス、それはまぁ必要最低限の情報だから、聞いておいて損はなかったんだけど。
それ以外のどうでもいい情報もベラベラしゃべってくるから、あたしはすぐに耳をふさいだ。
それがいけなかったんだ。
その間に部活に関する情報を言っていたかもしれないのに。
うざくても聞くべきだったと、今さらながら反省・・・・。