兄は事あるごとに母を精神的に追い込み、時には暴力を奮った。

「何でだ!…いい加減にっ……!」

酷いだけの兄かと思えば、時折呻いて母によく「過去を返してくれ」と言う。

そのセリフに兄を追い込んだ何か深い事情があるのではと考えてしまい、優里は兄を憎むに憎めなかった。


やつれて疲れ切った母親。
毎晩のように母の悲鳴が絶えない家。

母親は優里に助けを求めるが兄が怖くて何も出来ない。

悲鳴を上げる母親を無理に兄は部屋へと引きずり入れるのだ。

その時に異常な程感じる自分の不甲斐なさ。

兄と居る時の気の抜けない空気。


頭の中を悲惨な出来事ばかりが駆け巡り、優里の冷静な判断を奪っていった。

「やだ…もう戻りたくない。このまま消えたいっ…」


死んだ後の周囲を考える余裕はない。優里は…ただ病的に安らぎを欲し、線路へとその足を向けた。