ぎこちない笑みを、友人でもある店員に向ける。
「なんでもない、秀宏。あの馬鹿がちょっと短気起こしただけだって」
「短気起こしたって…ようはケンカしたんですか?」
突出した美貌ではないが春の日だまりのような笑顔を持つ背の高い青年は、心配顔になった。
 「ケンカって言うほどじゃないよ。…大丈夫だって、そんな心配そうな顔しなくても。どうせ、一日と持たないよ。あいつ馬鹿だし、明日には忘れてるんじゃない?」
自分でも信じられないくらい、すらすら言葉が出てくる。肝腎な言葉は出てこないのに。
 秀宏はじっと沙成の瞳を見つめていたが、やがて深い溜め息をついた。
 沙成との付合いはこれでも結構長い。意地を張ったら頑として引かない性格を知っているだけに、秀宏はそれ以上彼を問い詰める事が出来なかった。
「店長が言うならいいですけどね。…でも、哲平君も良い子なんですから、あんまりケンカしないで下さいよ?」
「うん、わかってる」
親切な店員に言われるまでもなく、沙成だってケンカがしたいわけではなかった。そもそも、あの馬鹿が最後まで自分の言葉を聞かなかったのがいけないのだ。
 無理矢理責任転換して、沙成は秀宏を促した。