東都病院屋上

風はなかった。
ここから見える街並みが夕焼けに染まっている。

今でもこの瞬間は忘れることができない。
それほどまでに衝撃的な出来事が僕に起こる日の前日だった。

真智「はい」

あゆむ「え? あ、わっ!!」

彼女は僕が振り返る前に缶コーヒーを投げてきた。

あゆむ「っと・・・」

それをなんとかギリギリで手にする。
汗をかいた缶が手に触れて気持ちいい。

真智「毎日、美緒のところに来てくれてありがとう」

小泉先生はそう言った。

真智「まさか夏希ちゃんが言ったことをずっと続けてくれるとは思わなかったわ」

あゆむ「夏希さんに言われたからじゃありません。 これは・・・僕の意思ですから」

彼女は少し驚いた顔をし、その後すぐに微笑んだ。

真智「だったら、なおさら君には感謝している。 ありがとう」

あゆむ「・・・」

優しい雰囲気。
小泉真智って、僕らの高校でも騒がしいことで有名な人物じゃなかったっけ。
抱いていた人物像とのギャップに少し戸惑った。

あゆむ「それより・・・どうしてここに?」

屋上までわざわざ来た理由。
美緒の病室では話しにくいことなのだろうか。
あの日、美緒が言った言葉を連想させることだけは言ってほしくなかった。
今、僕が感じている不安を、小泉先生の口から聞きたくはなかった。

そして・・・

真智「心配しないで。 美緒の病気のことじゃないわ」

あゆむ「え?」

心を読まれたような気がした。

真智「やっぱり」

あゆむ「・・・?」

真智「ちょっとカマかけてみたの。 彼女のことなら過敏に反応するのね」

あゆむ「・・・本当に、何でもないんですよね?」

真智「君が何を基準にそう言うのかわからないけど、医学的に言えば・・・問題はあるわ」

あゆむ「・・・!!」

恐れていたことだった。
今の僕の顔はどうだろうか。
美緒の前では絶対にこんな顔は出来ないと思った。