「ハッハッハッ―…」
開始からどれくらい経ったのだろうかと、腕時計に目を向ける。
今日は、やけに時間が気になる。
デジタルのその画面には、『5:20』の文字。
まだ、20分しか経っていなかった。
コースの消化具合からすれば、“もう”とも言えるが、心理状況からすれば“まだ”になる。
いつもなら、20分もすれば、特別棟の螺旋階段を降りていてもいい頃合いなのだが、翼はまだ中庭を走っている。
脚の調子が悪い。
緊張して、筋肉が固まっている。
そういえば、走る前のジンクスを忘れた。
やばいな…
最悪のコンディションだ。
頼むから、鬼に出くわすなよ。
そう願いながら、翼は脚を動かし続けた。
今は苦しいが、これを乗り越えられれば、体を軽く感じる時が来る筈だ。
翼は、今までの経験から、この苦楽のサイクルを理解していた。
脚を好調とまではいかなくても、普段通りの調子にあげるため。
そしてこのデッドゾーンを抜け出す為にも、翼はひたすらに走る。