私立日下野高校は敷地内に咲き誇る桜が自慢の、世間一般にいう進学校だ。
そして今日は入学式。
今日からわたし、白井陽の高校生活が始まる。
確かわたしのクラスはA組で、担任は澤って名前だったはず。
「そういえばあの人と会ったのもここだった」
合格発表のときに会った男の人……
もしかしたら誰かの保護者だったのかもしれないけど、あれからあの人のことが、なぜか頭から離れない。
あの人はわたしのことなど覚えていないのかもしれない、わたしもあの人のことをじきに忘れるだろう。

「澤孝紀先生、A組の担任を受け持っていただく。担当教科は国語。部活は……」
式のときの学校長の言葉を聞いて、わたしは驚いた。
嘘……あの人だ……
じきに忘れるなどとんでもない。
もう会えないかと思っていたのに……
まさか担任になるとは思わなかった。

「澤孝紀です。教師になってまだ日も浅いので、いろいろ迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします。ちなみに余談ですが、歳は26です」
式の後のLHR、彼はそう言ってにこりと笑った。
やっぱり、あの人だ。
すらりとした高い身長、優しそうな顔立ち。彼の眼鏡がさらに優しい印象を与える。
冷たい、良く言えばクールな印象を与えるわたしの眼鏡とは違う。
「最初の授業は明日の3限だけど、お手柔らかにね」
また、彼はにこりと笑う。
ああ、何ということか……
あの日ケータイを貸してくれたのが、担任だとは……
今日ほど後悔することはないと思う。
わたしはこの日この人に恋してしまった、いや、正確に言えば、あの日から奥にくすぶっている気持ちが恋だと気づいてしまった。