(斎藤君、笑うとイメージが違う…)

何時も学校で見る、鋭い目付きや雰囲気と違って。

目がキュッと細くなって…何ていうか、狼が柴犬になったみたいな。

一気に人懐っこい、可愛い男の子に見える。

「…悪ィ悪ィ。金はいいよ、そんかしちゃんと手当てしてな」

笑った事を謝って、斎藤君が掌をあたしに向ける仕草でもお金はいらないと告げる。

(男の人の掌、だ…)

おっきくて、豆なんか出来てて。

指も長くて太いの。

クラスの派手な女の子達みたいに、『男の子慣れ』してないあたしは、その掌だけでドキドキして。

コクン。

斎藤君の言葉に頷くのが精一杯だった。

「よし!」

そう言ってまた笑った顔は。

やっぱりあたしの知らない顔で。

その顔一つで斎藤君は、何時も学校で、ガン付けて、廊下歩けば周りが引いちゃうような、あたしの中の斎藤君のイメージを塗り替えてく。


キュゥウウン。


胸の奥で、まるで始まりの合図のように鳴ったそのときめきの意味を、その時のあたしはまだ知らなかった。

ピコン。

最近あたしには、斎藤君レーダーが付いてるかもしれません。

「…やべ、斎藤だ」

廊下に面したあたしの席。

一緒にお喋りしてた、仲良しの真由ちゃんがそう呟いて、窓の外から隠れるようにべったりと机に張り付くように屈んだ。

「…ホントだ」

(斎藤君だ)

対するあたしは呑気な物で、机に頬杖付きながらぼんやり窓の外を眺めてる。

斎藤君、目付きが今日も悪いなぁ。

なんて廊下を歩く斎藤君の姿を目で追ってたら。

「歩美!」

ゴツン。

鈍い音と共に真由ちゃんにグーで殴られた。

「あっ、いたーい!」

音よりも一瞬遅れて来た痛みのせいで、おかしな声を上げながらあたしは殴られた頭を押さえて机に額をくっ付ける。

「…もー!ホント、目ェ付けられたらどうすんの!」

しっかり者の真由ちゃんにそう怒られるけど。

(斎藤君、そんなに怖くないのになぁ)

あのコンビニでの一件以来、あたしの斎藤君に対する見方はちょっと変わって。

『斎藤君』=『怖い人』

よりも。

『斎藤君』=『不思議な人』

って感じ。

「真由ちゃん、暴力反対…」

まだジンジン痛む頭から両手を外して、小さな声で抗議する。

「歩美の自業自得」

真由ちゃんに、あたしの抗議は通用しない。

「…まぁ、『バンソコの君』の話聞いたら歩美の態度も分からなくもないけど」

真由ちゃんがそう言って溜め息を吐き出す。

『バンソコの君』、とは斎藤君の事だ。

真由ちゃんには、コンビニでの一件は話してある。

どうやら半信半疑のようだけど、真由ちゃんと二人で話す時には『斎藤君』じゃなく、『バンソコの君』。

まあ確かに、おおっぴらに斎藤君の話題は出来ないけど。

『バンソコの君』なんて、何か王子様みたいな名前に聞こえるなぁ。

「でしょ!?」

真由ちゃんの言葉が嬉しくて、あたしは身を乗り出す。