私は何かを感じ、ちょっとお尻を上げて、彼を覗き込んだ。


見ると、机に広げてあるノートが、血だらけになっていた。


鼻をすすっていたのは、鼻水ではなく、鼻血だったんだ。


ティッシュもハンカチも持っていなかったらしく、ただただ手で鼻を拭っている。


ああ、私、鼻血キットも持ってる。


私はカバンの中から、脱脂綿を取り出した。


それを、丁度いい大きさにカットすると、ポンポン、と男の子の方を叩いた。


すると彼は、ゆっくりとこちらを振り向いた。


「――?」


「これ、鼻に詰めて」


ティッシュだと、鼻の中に紙が残っちゃうから、鼻血の時は脱脂綿の方がいいんだ。


彼は小さめな瞳で私をちらっと見、言われるがまま綿を手にし鼻に入れた。


ナカヤマ先生とかだったら、“鼻血出ましたー”とか軽く言い出せるのかもしれないけれど。


こんな、若くて綺麗な先生だとね、男の子にとっては、中々言い出しづらいかもね。


「ここ、ギュッって押さえてて。下じゃなく、真っ直ぐ前を向いて」


私は鼻の一番上の部分、眉間のすぐ下をつまむジェスチャーをして見せた。


彼は言われるがまま、鼻を押さえ、真っ直ぐ前に向き直った。


けれど、手も顔も血まみれなのが恥ずかしいらしく、教科書を片手で持ち上げて、変に顔を隠している。


んー。


カワイソウだな。


そんな汚れた手のまま、休み時間まで30分以上も過ごさなきゃいけないのも、不快だろうな。


そんな様子の子に、隣の席の背の高い男子が気づいて、“おっ。何だ、大丈夫か?”なんて声をかけた。


んー。


優しそうな女の先生だし。

見つかって怒られても、怖くはなさそう……。


――よし。


先生が黒板に字を書いている隙に、私はするりと椅子から下り、四つん這いで這って教室を出ようとし始めた。