「――っ」


部屋についた途端に抱きしめられて、思わず切ない声が出る。

息ができないほどきつく抱きしめられ、耳元で先生の吐息を直に感じる。


ああ、あたしはようやくこの胸に戻ってくることができたんだ。


この瞬間を――どれほど待ち望んでいただろうか。


「...先生」


ここが、煙草くさい場末のホテルでも、先生と一緒にいられるのならば――これ以上のものはないように思えた。


「彰平、って、呼んでもいいですか...?」


「――うん」


その名前を先生の前で口にしたのは、付き合ってから今まで数えるほどしかない。


「彰平...」


名を呼ぶだけで――胸の奥がふるえた。


あなたの隣で微笑むひとみさんをどれほどうらやましく思ってきただろうか。

当たり前のように、あなたの名を呼ぶひとみさんに――これほど嫉妬したことはない。


あんなに狂おしく求めた先生の胸に抱かれて、あたしはなみだを落とした。



現実も、常識も、

もちろん雄太のことも――


全部、頭の中から吹っ飛んでいた。