「――零」


久しぶりに名前を呼ばれて――ドキリとした。


3歩先を歩く先生が急にこちらを振り返った。

その顔は、すっかり夕闇に染められている。


「おまえ、今夜はどうするつもり?」


思わぬ質問に、あたしは言葉を探した。

先生の心の中は相変わらず読めないから――困る。


「どうする、って...」


なんて答えればよいのだろう。


「帰る、なんて言われても――おれは知らんぞ」


強い言葉は、先生なりの警告、だったんだと思う。

思わず、歩む足が止まってしまった。


「帰れ、って言われても――あたしは帰らないと思う」


引き返すチャンスは、これが最後になるだろう。

でももう、あたしの心は決まっていた。


誰になんと言われようと、この気持ちにうそはつけない。


静かに微笑んだあたしの顔が、暗闇の中の先生に見えていたのかはわからない。

でも、先生はまたむこうを向いてさっきよりも速い歩調で歩き出した。


あたしは、何も言わずにそれについていく。

その背中から、まるで先生の気持ちが透けて見えるようだった。