口紅って、偉大な魔力がある――ように思う。


初めこそ慣れないものだったが、毎日つけていくうちに、あたしのくちびると馴染んでいった。

くちびるの淡い桜色があるだけで、なんだか顔が締まって見える。


「――つけてくれてるの?口紅」


「あ...うん」


雄太との久しぶりのデートは、ずいぶんと気まずい空気になっていた。

あれからはお互いテストなんかで忙しくなり、ようやく会えたのは7月の終わり。


でもおかげで、改めて、あたしは前々回のデートで泣いてしまった言い訳を、周到なまでに考えてこれたんだけど。


「つけてくれてると、僕もなんか嬉しいよ」


「――うん、ありがと」


この前はごめんね。

ほんとは――あじさいって、死んだおばあちゃんの大好きな花だったの。



でも雄太は、なぜかこの前のことには触れてこない。

早くあたしの作り出した物語で、雄太を安心させたかったし、そしてなにより――

自分自身が、安心したかった。



でも、雄太は尋ねない。