先生。


あたしはあなたに、恋を教わりました。

楽しさや、切なさや、愛しさを――先生はあたしに教えてくれました。


先生と一緒にいるだけで、あたしは幸せだった。



ただ、ずっと先生のそばにいたいと思っていただけなのに――

それ以上のものなんて、なにもいらなかったのに。





肌身離さずいつも持っていた――あの、初めて買ってもらった指輪を、あたしは小指からはずした。


「――これは、もらってもいいですか?」


あたしはそう聞くのがやっとだった。

思い出をかき集めなければ――これから先、あたしはきっと生きていけない。

そんなふうにまで思った。


先生も、隣で小さくうなずいた。



相変わらず、先生はあたしを見てはくれない。








車を降りると、もうすぐ春だというのに、真冬のように冷たい風があたしの髪を揺らした。

あたしの服に染み込んだ、先生の車の甘いムスクの香りが辺りに漂う。



――行かないで。

愛おしいその香りは――風に吹かれてすぐに消えてしまった。




先生。


あなたはあたしの、初恋でした。