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「ーーお母様は、お父様のキスで“100年もの眠り”からお目覚めざめになられたのよね?本当にロマンチックだわ」
眠り姫と王子の間に産まれた一人娘は、日々美しく成長していた。
一人娘の言葉に眠り姫は頷き、娘の金色に輝く絹に似た美しいその髪をそっと優しく撫でる。
「お父様がね、お母様の純粋な美しい心が好きだ、って言ってたわ。
私、お母様とお父様が羨ましい。
二人の様に、どうしたら本当に愛する人と出逢い、結婚できるの?お願い…教えてお母様」
ダイヤモンドの様な瞳を輝かせ、幼い娘は母の顔を可愛らしく覗き込んだ。
「そうね…一つだけ言えるのは…」
そこまで姫が言いかけた時、今や夫となり父となった王子が、城からこちらへ向かって来るのが見えた。
「あ、お父様だわ!お父様ー!!」
父を見つけた娘は、ブロンドの髪をなびかせて王子の元に走り寄って行った。
薔薇が咲き乱れた庭には、その甘い匂いが夢の様に漂う。
嬉しそうに抱き合って笑う二人を遠くで見つめる姫は、小さな声で独り言の様につぶやいた。
「…100年もの間眠り続ける“フリ”をするのは、本当に大変だったわ。
魔法使いに掛けて貰ったのは、老けない魔法だけ。
私が目覚めるまでのね。
100年の間、数え切れないくらい多くの王子達が私にキスし、目覚めさせようとしたわ。
でも、私は目覚めなかった。
王子様。私はアナタのキスで目覚めたんじゃない。
私がアナタを“選んで”自分で目覚めたのよ。
だって結婚は女にとって、とっても重要な事だわ。相手選びは最も大切。100年ぽっち、何て事ないわ。
そうーー。
“幸せ”は自分で掴むものなのよ」
そう言って眠り姫は柔らかに微笑んだ。
その微笑みは辺りに咲き誇る薔薇によく似て、恐ろしい程に美しかった。
第二毒
【美人を落とせ】
今日も田中は彼女を見つめていた。
田中の長い溜め息が漏れる。教授の講義など上の空だ。
田中は明らかに、彼女に恋をしていた。
無理はない。
僕も初めて彼女を見た瞬間、女優さんかと思う程の美しさにノックアウトされていたから。
「田中。お前、あの一番最前列の美人に一目惚れれしたんだろ?」
「あ?やっぱりバレてたか」
田中は照れた様に小さく笑った。
文化人類学の授業で女子生徒はその彼女一人だけ。
彼女は僕等と同じ大学一年生。その授業を受けている十数名の男達は皆、あの美人見たさにつまらない授業を受けてるに違いなかった。
でなかったら、あんな眠くなるだけのつまらん授業に出席する訳が無い。
彼女は僕ら男達のオアシス。彼女が最前列で授業を受けているシャンとした後ろ姿を見ているだけで、胸が踊る。
「なあ、高橋。俺、毎日彼女の事で頭が一杯で何も手につかねえんだよ。このままじゃ、大学留年しちまうよ」
ある日、田中は僕に悲壮な声で訴え、意志のこもった声で続続けた。
「明日告白するよ。彼女に」
「本当か!?でもライバル沢山いるぞ。あの人類学の授業に出席してる野郎共、みんな彼女を狙ってんじゃねえの?」
「…だよな。あんな綺麗な人、今まで見たことないもん。人類学の男達が、全員“敵”に見えてくるよ」
田中はそうつぶやいて、僕に続けた。
「もし告白が上手く行かなかったら、全員殺しちまおうかな…」
そう冗談まじりにつぶやいた田中の目は、今まで見た事も無い程に真剣だった。
家に帰って寝床についたが、田中の真剣な目が忘れられずにいた。
田中は大人しい奴だが、時々何を考えているのか分からない時がある。
『上手くいかなかったら全員殺しちまおうかな』
そこには僕自身も含まれているんだろうか。
まさかな…。
終わらないメロディーを奏でるみたいに、身震いが止まらない。
まさか。
次の日、初めて僕は文化人類学の授業を休んだ。文化人類学は、一回授業を休んだだけで、多量のレポート提出を迫られる厳しいペナルティがつく。
そんな事は気にしていられなかった。
布団をかぶった僕の携帯が、ビービーと嫌な音を立てる。
午後四時半。
文化人類学の授業はとっくに終わっている時間だ。
恐る恐る携帯を手に取った。すると恐怖連鎖の様に、玄関の呼び鈴がけたたましく鳴る。
ドアを開けると、田中が立っていた。
「高橋!俺だよ田中だ。俺…やったよ!」
僕の心臓はバクバクとした不協和音を立てる。
「田中、お前…“やった”って…何をやったんだ?」
「告白成功したよ!彼女に付き合ってくれって言ったんだ。そしたら何と、彼女OKしてくれてさ!俺、超嬉しいよ。生きてて良かった」
田中はまくし立てる様に喋り続ける。最悪の事態を恐れていた僕は胸を撫で下ろした。
「よ、よ、良かったじゃねえか田中!!奇跡だな、あんな美人と付き合えるなんて」
「ありがとう高橋!本当に奇跡だよ。俺とあんな美人が付き合うなんてさ」
田中は男泣きしている。あの決意は本当に真剣だったんだ。
安堵感からか、僕まで嬉しい感情が湧き上がった。
「田中、これからは彼女の隣で仲良く授業受けろよ。俺の事はいいからな、気にせず彼女と同じ最前列に座って…」
「何言ってんだよ、高橋。俺達付き合うとは言え、表面上は今まで通りの関係でいいんだよ。大体、彼女の隣に席なんか無いだろ?
今まで通り、授業中は“教授と生徒”の関係でいいんだ」
一瞬にして僕は息を呑んだ。
教授と生徒?
教授と生徒?
教授…と…生徒?
「お前、彼女って…告白したのって…まさか…」