−−…嫌な予感は、的中した。
事務所へと繋がる扉の前で、手首を掴まれている雛の姿。
そして…怪しげな黒い覆面を被り、手首を放そうとしない大柄な男。
『…デカイ声、上げんじゃねェよ。』
そして私は気付いてしまった。
…男が、逆の手にナイフを持っている事に。
『…おい、何してんだ。』
悲鳴を聞き、駆け付けて来たのは店長の森下雄二。−…顔面蒼白、とはこういう事を言うんだと、不謹慎にも思ってしまった。
『黙れ…大人しく金を出せば、傷付けたりはしないさ。』
大柄な男は、ナイフを業とらしくちらつかせて見せる。
『…分かった。昨日までの売上金は、事務所の金庫にある。俺が行くから、その子を放して貰おうか。』
努めて冷静な声色で、店長はそう告げる。
森下店長は元ホストの32才。あれこれ修羅場を乗り越えてきているだけあって、既に落ち着きを取り戻しつつあるようだ。
『…この女も責任者なんだろ?コイツに開けさせるさ。』
大柄な男は、掴んだ雛のの手首をぐいっと引っ張った。
『…ッ痛いなー、開けてあげるから引っ張らないでよ。』
嫌そうに眉をひそめる雛。…ああ、そうだった。彼女はこういう時、誰よりも強気。さすが、五人姉妹の末っ子なだけある。
『…早くしろ!』
男の言葉に事務所へと足先を向ける雛。
目の前で繰り広げられている出来事なのに…何も出来ない自分が、とても歯痒い。
流石に雛1人で向かわせるのは危険なので、男の後ろを店長と私で付いて歩く。
幸い、男は金の事で頭が一杯なのか私達の存在には気付いて居なかった。
事務所の扉の前に立つと、ドアノブに手を掛け、ガチャガチャと音を立ててそれを捻る。しかし…−
−…開かない。
古い建物の為、扉に鍵は付いていない。