しばらくの間、廉は前を見つめたまま黙っていたけど…


信号が赤になった瞬間、あたしの髪に触れた。


「口説いてるよ」


真剣な眼差しの廉が、あたしの顔をじっと見つめた。


少しだけ暗めの『Princess』の店内とは違って、今は明るい。


廉に見つめられながら、あんな事を言ってしまった事を後悔した。


だけど、あたしはそれを悟られないように、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「あたし、お客様とは恋愛しないもん♪」


廉はその言葉に戸惑ったのか、何も言わずに前を見た。


信号が変わって、彼がアクセルを踏み込む。


あたしは初めて、廉に勝った気がした。


別に勝ち負けの問題じゃないけど、いつも戸惑ってばかりで悔しかったから、こんな事で勝ち誇ったような気持ちになっていた。


そして自然とニヤける顔を、必死に隠していた。