「なぁに?」
振り向いた澪さんは笑顔で、気まずい空気を変えようとしているのが何となくわかった。
「どこ行ってたんだよ?」
「買い物だよ!」
澪さんは、さっき持って帰って来た袋を見せた。
「……3時間も?」
眉をグッと寄せた廉さんの声が、更に低くなる。
「ごめんね……」
気まずそうに謝る澪さんがすごく可哀相で、庇ってあげたいのに…
あたしには、それが出来なかった。
「廉さん、まぁイイじゃん!無事に帰って来たんだし!」
あたしの代わりに、嵐が口を挟んで澪さんを庇った。
だけど…
「澪……。心配掛けてたんだから、ちゃんと理由を言え」
廉さんは嵐の言葉を無視して、低く言い放った。
黙り込む澪さんに、廉さんが苛立っているのがわかる。
さっきタバコの火を消したばかりなのに、廉さんはまた新しいタバコを吸い始めた。
そして、廉さんは煙を吐きながら澪さんに近付いた。
「澪、言わないと怒るぞ?」
「もう怒ってるじゃない……」
「澪っ!!」
廉さんが声を荒げ、澪さんはビクッと体を強張らせた。
「黙って出て行った上に携帯も繋がらないし、心配したんだぞ!ちゃんと理由を言え!」
唇を噛み締める澪さんを可哀相だと思う反面、廉さんが澪さんの事を本当に大切にしている事が伝わって来て、あたしは何だか胸の奥が苦しくなった。
だけど…
澪さんは、俯いたまま黙っているだけだった。
苛立った廉さんは乱暴にタバコの火を消して、リビングから出ようとした。
「廉っ!!」
澪さんは慌てて廉さんを呼び止め、思い詰めたように口を開いた。
「怒らない……?」
「聞いてから決めるよ……」
「じゃあ……言えない……」
澪さんはまた俯いて、黙り込んでしまった。
「俺、出掛けるから!わかってると思うけど、しばらく帰らねぇからな!」
低い声で言った廉さんの腕を、澪さんが掴んだ。
「何だよ?」
「ごめんなさい……。ちゃんと言うから……。行かないで……」
そう言った澪さんの瞳には、涙が溢れていた。
「……わかった」
廉さんはソファーに腰掛け、隣に澪さんを座らせた。
Snow,07
【天使】
「あたしっ……!」
澪さんはそれだけ言うと涙を流し、縋るように廉さんを見つめた。
「……だから、何なんだよ?」
「っ、妊娠……してるの……」
澪さんは泣きながら呟くように言って、廉さんの服の裾を掴んだ。
「「妊娠っ!?」」
あたしと嵐が声を揃えて驚いたのに対して、廉さんはしばらく黙っていた。
おめでたい事なのに、何故か緊張が走る。
あたしは嵐の手をギュッと握りながら、廉さんの言葉を待ち続けた。
「あたし……産みたいっ……!廉……お願いっ……!」
泣きながら懇願する澪さんは、もう既に“母親”の表情をしている。
しばらく黙っていた廉さんは、澪さんの瞳を真っ直ぐ見つめながらゆっくりと口を開いた。
「澪……。どうして、もっと早く言わなかった?」
廉さんは落ち着いた声で話しているけど、心無しか表情は暗いような気がする。
「だって……っ……!」
澪さんは言葉に詰まって、また俯いてしまった。
澪さんのハニーブラウンの髪の隙間から、涙が零れ落ちるのが見えた。
「澪……」
廉さんは両手で澪さんの顔を包み、ゆっくりと顔を上げさせた。
「……っ!」
顔をクシャクシャにして泣く澪さんを、廉さんが真っ直ぐ見つめながら口を開いた。
「澪はもっと早くから、妊娠してた事に気付いてたんだろ?」
廉さんはまるで小さな子供に話し掛けるかのように、優しい口調で話している。
そして、澪さんはゆっくりと小さく頷いた。
廉さんはため息を零し、澪さんを見つめた。
「じゃあ、どうしてもっと早く言わなかった?」
澪さんも廉さんを見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「廉は……産んで欲しく……ない……でしょ……?」
廉さんは、困惑したような表情になった。
「どうしてそう思った?」
澪さんは唇を噛み締めたまま、黙り込んでしまった。
「澪……。ちゃんと言わないと、わからないだろ……」
顔をしかめていた廉さんの表情が、少しずつ曇っていく。
澪さんは小さく深呼吸をすると、消え入りそうな声で話し始めた。
「だって……廉は……子供が嫌いなんでしょ……?」
涙混じりに零されたその言葉に、廉さんが目を見開いた。
「子供が嫌い……?」
「だって……そうなんでしょ?廉は……子供を撮るのは嫌がるじゃない!それに……この間も……子供はいらないって……」
澪さんは何度か言葉に詰まりながら一気に話した後、俯きながら肩を震わせて泣いていた。
長い沈黙が続いて、いつの間にか嵐もあたしの手を強く握り返していた。
妙な緊張感が走る。
「バカ……」
苦しい程の沈黙を最初に破ったのは、廉さんのその言葉だった。
澪さんはゆっくりと顔を上げて、廉さんを見つめた。
廉さんは少しだけ困ったように、だけど優しい笑顔で澪さんを見つめている。
「産んでも……イイの……?」
澪さんは廉さんを見つめたまま、少しだけ掠れた声で尋ねた。
廉さんは微笑みながら、澪さんの頭を優しく撫でた。
「当たり前だろ」
その言葉で澪さんは笑顔になって、あたしと嵐も顔を見合わせて微笑んだ。
「確かに俺は子供が好きじゃない……って言うか苦手だし、子供相手の仕事もあんまりしない……。だけど、澪との子供は欲しい」
そう言った廉さんに、澪さんは不思議そうに口を開いた。
「でも、この間……子供はいらないって言ってたよね?」
「あ〜……。あれは……今はまだいらない、って事だよ」
「今は……?」
廉さんの言葉に、澪さんが小首を傾げた。
「だって……子供が出来たら……澪は……子供の世話ばっかりになるだろ……」
廉さんは小さな声で言って、バツが悪そうにそっぽを向いた。