「ああ、そうだな」

「おぼえていてくれたのね、灰色の騎士さま」

「エリーゼ姫を忘れる男はいないだろう」

「まあ、光栄だわ」

 高貴な薔薇(ばら)が匂い立つようにあでやかに微笑んだ。

「なにその女たらしなセリフ」

 横からティアニス王女にじと目で突っ込まれる。

「そんなつもりはない」

 自分でも口説き文句みたいだと思ったが、不純な動機はいっさいない素直な気持ちだった。

 そもそも俺は人の名前と顔を覚えるのが苦手なんだ。実は一ヶ月半経った未だに隊員の顔と名前が全員一致しているかどうか怪しい。
 だが、エリーゼ姫のことは一発で覚えられた。あどけなさと相反する艶やかさが同居している。本当に不思議な少女だ。

 ……まあ、美少女だしな。男なら普通は忘れない。

「まあ、いいわ。それと……もう一つ、エリーゼについて話しておきたいことがあってね」

「ティアニス殿下、もしや──」

 シュヴァルツ大公が口を挟む。長めの前髪で顔半分が隠れていても狼狽(ろうばい)の色が見て取れた。

「おじいさま。これは、おねえさまと決めたことよ。護っていただくのだから不都合がないように知っておいてもらいたいわ」

「大叔父様。私の親衛隊なら腕も人柄も信頼できるわ。心配しないで」

 大公はまだ何か言いたげな難しい顔をしていたが、二人の姫の言いぶんを尊重したのか渋々引き下がった。
 不穏な空気に、俺とレガートは黙って顔を見合わせる。
 ティアニス王女は改まった様子で切り出した。

「よく聞いて。エリーゼには障碍(しょうがい)があってね……」

「障碍?」

 思わず一瞬だけ少女に不躾(ぶしつけ)な視線を送ってしまったが、体のどこかが欠損しているわけではない。至って普通に見えるが……