「では、ティアニス王女も城を抜け出した可能性が……」

「それはない。ティアニス様は城内のどこかにいらっしゃるはずじゃ」

 やけにキッパリと否定された。

「あの方はライラ様以上のはねっ返りじゃが、ご自分の立場はよくわきまえていらっしゃる。あの髪で城下に降りれば騒ぎになるじゃろうて」

「なるほど」

「そもそも勉強は真面目にされる方じゃ。まあ、時々フェンネル殿と悪巧(だく)みをなさることはあるが……今回はサボる理由に心あたりがなくての」

(まさか……)

 ふと嫌な予感がよぎる。

「即位があと半年と迫り、羽を伸ばしたくなったのかもしれんの。慈愛の女神と謳われても、国を背負うには若すぎる年齢じゃて」

 ダリウス殿は一人勝手にそう解釈したが、サボる理由に心あたりがありすぎる。背中に冷たい汗が流れた。
 そんなこととは露知らず、

「儂は教育係という立場上、甘い顔はできん。じゃが、お前さんならティアニス様と歳も近い。御身を護るだけでなく、そのへんの心の機微(きび)も思いやってはくれまいか?」

 優しい声音で白い眉を下げる。きっと、王女の前ではそんな態度を見せることは許されないのだろう。

 以前、ダリウス殿の名を出しただけで彼女は青い顔をした。それほどまでに厳しさを徹底しているということだ。優しさをひた隠しにして。

「もちろん義務ではない。老いぼれの勝手な願いじゃ」

「……わかりました」

『義務』ではなく『願い』。
 王女だけでなく俺までいたわるその純粋な気持ちに「わかりました」ではなく「すみません」と謝りたくなってしまった。