「千夏っ!」


「千夏さん!?」


ものすごい足音で部屋に飛び込んで来たのは、さっきの男性と医者と看護士だった。

男性と医者は信じられないといった顔で私に近付く。


「千夏っ…千夏…俺っ…」


私と目が合うや、男性は溢れる涙を拭い始めた。


「千夏さん?!分かりますか?!」




-『いい?貴方は記憶喪失のままでいいの。変に私になりきろうとすればボロが出るだけ。貴方のままでいいの。』-




記憶…喪失のままで…


私は黙ったまま先生の顔を見つめる。


「千夏さん…?」


「千夏…?」


先生の顔が真剣味を増し、泣いていた男性はふと顔を上げた。

私は後ろを振り返り、ベッドに貼付けてあるネームプレートを読み上げた。



「…『岡崎 千夏 24歳』…」



これが…あの女性であり…そして今は…


「…これが…私…?」


白い病室の中に、ピンとした空気が流れる。

誰の息遣いも聞こえない。

部屋が一瞬、完全な無になった。




「…い…おい千夏…な…何言ってんだよ…」


男性は声を震わせながら私の肩を掴む。


「千夏…冗談止めてくれよ…頼むよ千夏…っ」


「柏木さん…っ」


私の肩を揺らす男性を、先生が押さえる。



「……柏…木…?」


私が反芻した言葉に、男性は涙を流しながら笑った。


「…ははっ…冗談だろ?嘘…だよなぁ千夏…?なぁっ…嘘…だろおっ…」




…ズキン…



無理に微笑んでいた男性の顔は次第に崩れ、涙が次から次へと溢れ出している…

何故かすごく罪悪感を覚えて胸が軋んだ。



「…っく…うぅっ…」


私の肩を掴んだまま、顔を伏せて泣きむせぶ彼の背中に手を添えながら、先生は静かに言った。