何回くらい作った料理なんだろう。
もしかしたら、まだ千夏さんは一度だって作ったことはないのかもしれない。
「作って…みようかな…」
いつも優しさをもらってばかりで、私は彼に何も返してはいない。
本当の千夏さんと違う面を見せては悲しませるばかり。
私が誠さんのために何かすることで、彼に心から微笑んでもらえるだろうか。
笑ってもらえるだろうか。
ふと目尻に皺を寄せて笑う無邪気な笑顔が浮かんだ。
トクン…
心が小さく波打つ。
これで私が誠さんを怖いだなんて思っていないと
貴方の優しさはきちんと受け入れているのだと
伝わるだろうか。
誠さんの喜ぶ顔を思うと、自然と口元が綻んでしまっていた。
慌てて材料を買いに行こうと財布を手にする。
ふと……綻んだ顔が止まる。
『今日は千夏の大好きなハンバー…グ…』
もし…
もしこの肉じゃがが二人の想い出の料理だったら…
もしも…本当の千夏さんが最期に作った手料理だったら?
もしも二人で食べた…最期の料理だったら…?
初めて此処で一緒に食事をしたときの誠さんの顔が浮かんだ。
『ハンバーグの切り方は…変わらないんだな…』
--俺のことは覚えていないのに--
切なくて悲しくて悔しいのに
やりどころのない狂おしい想い…。
私は財布を置いて、手にしていたメモを折り畳んでポケットにしまった。