「そう言う有貴も運動会に向けて走ってんのか?」


鳴り止まない高鳴りを無視して、平静を装いながら、俺は言った。


「何て言うか…毎日の日課なんだよね。部活引退した後も、走り込みだけはやらないと、どうも身体が疼いちゃって」


まったく可笑しな話だよなと笑う有貴。


その言葉を聞いて、俺は閃いた。


「じゃあさ、これからは毎日一緒に走らねぇ?」

「……へ?」


俺の言葉に有貴は、きょとんとしている。

その少し抜けた表情は、いつも見せる落ち着いた雰囲気とは一変して、なんだか幼く感じられた。


「一緒に走りたいんだ!ねぇ、いいだろ?」

「流羽さ、俺のことからかってるでしょ?」


俺から顔を背ける有貴。


「…からかってなんかないけど?」

「そんなに可愛く俺にねだるなよ。抱きたくなるだろ…」


有貴は困ったように笑ってそう言うと、俺の頬をぎゅっとつねった。


「………いいよ」


自分にしか聞こえない声の大きさで呟く。


「何か言った?」

「いや、何でもない!」


俺はそう答えたけれど、本当は何でもなくない。

有貴が抱きたいならすぐにでも抱いて欲しい。

それが俺にとっても幸せなことだから。


知ってる?

俺がこんなにも有貴が好きなこと。

有貴が俺のことを好きなのと同じぐらい、俺も有貴が好きなんだよ。


「よし、一緒に走ろっか。俺、とりあえず流羽に着いて行くから」


有貴は俺を見て、小さく微笑んだ。

気持ちを言葉にして伝えられずにいる自分に呆れながらも、夜道の中を2人並んで走り出した。