「ちょ、本当に待って。紫音…っ!」


足音が徐々に近づいて来ていたのは知っていたけれど、オレンジ色に染まりかけた玄関で、ついに追いつかれてしまった。
掴まれた左手から伝わる温もりが、今は痛いだけ。


「違うんだよ、本当に。香波が今もあんな風に思ってたなんて、知らなかった。それに一昨日だって……、」

「もういいっ!」


必死にあたしに言葉を紡ぐ氷室さんの言葉を遮り、あたしは彼を見上げる。

悲しそうに、苦しそうに、垂れ下がる眉にチクリと胸は痛むけれど。

今のあたしには、そんなことまで考えられる余裕なんて無かった。