カオリは首だけねじって、
後方の店内にまだ多少のスペースがあるのを認めると、
人々を掻きわけて奥へと進んだ。

ジャズCDのコーナーで立ち止まると、
見るともなくタイトルを眺めていった。

背後ではまだ道に落ちる激しい雨の音がしている。

レジの傍の店主とおぼしき中年の男が、
自分ばかりをチラチラと見ているような気がした。

雨宿り代に千数百円を支払うのはきびし過ぎるだろう、
とカオリは思いながら、適当なCDに手をかけた。

まさにその時だった。

「その二つ隣りのソニー・ロリンズ、最高に面白いよ」

という男の声が、カオリのすぐ耳の背後でした。

あまりにも近いので、
男の温かい息が皮膚に感じられるほどだった。

余計なお世話だと、チラっと横眼で見ると、
あまり見栄えのしない風采の男。

カオリは徴かに肩をすくめる程度にとどめた。

「良かったら、どこか感じのいいバーで、
フィノ・アモンティリャードでも飲みながら、
ソニー・ロリンズについて話しませんか」

まずまずの囁き声で、熱い息と共に、
その男はそうカオリの耳の中へと吹きこんだ。

「私に言ってるの?」

カオリはその男の方は見もせず、
高飛車に片方の眉だけを上げて、そう言った。