路地をくねくねと曲がりながら歩いていると、コートのポケットから携帯が震える音が聞こえてきた。

相手は私の会社の友達で、恭子といった。

何かあるといつも相談に乗って貰っている人だった。

おそらくは"あのこと"についての慰めの電話なのだろう。

思い出したくないことなのだが、無視するわけにもいかず、仕方なく電話をとった。


「もしも…」

「ちょっと、聞いたわよ! なんで私に相談してくれなかったの?」


電話が繋がった瞬間、大きな声で叱られた。

その声は赤くなった私の耳を右から左へ突き抜けていく。

突然のことだったので、私はとりあえずごめんと言うしかなかった。

恭子は、私があまりに元気がないことにハッとしたのかは知らないが、突然柔らかな語調に変わった。


「あ、いや、今の気にしないで。それにしてもいきなりだね。喧嘩したの? それとも何か事件でもあった?」

「ううん…違う」

「じゃあ、どうして…なんて言われたの?」

「それは…」


恭子の声は優しいが、心はちくちくと痛む。

ちょうど、今日のこの冷たい風が肌を刺すような痛みだった。

寒さに刺激されてか、締め切ったはずの心の蓋が開き、その奥から思い出が溢れてきた。

もう取り戻せない、過去の…残像。