そうは思うものの、赤らんだ顔を真正面から見られるのは恥ずかしくて、ついうつむいて答える。



「水族館、行きたい」



 氷室君はどう思ったろう。一切感情は動かなかったかもしれない。


 そうでないことを祈りつつ、よそ見はすれど、少し顔を上げる。



「なら、行くか」



 そんなあたしの心の変化にはお構いなしに、駅構内に向かって歩き出す。


 あたしは、早くも間にできてしまった人込みをかき分け、彼の隣へ急ぐ。



「氷室君、待ってよ」



 慌てて出た言葉に、彼は一言。



「お前が遅いんだろ」



 冷たくあしらわれるけれど、その「お前」が明確にあたしを指していることさえ嬉しくて。


 それに、そもそも誘ってくれただけでも幸せすぎて、いつものことなんて、ほぼ全く気にならない。


 周囲の雑踏は消え去って、彼を追う自分の視線だけが確かな、不思議な空間。


 その中であたしは、一人幸せをかみ締めていた。