針に糸を通すと、絡まらないように丁寧に玉結びを作って、ブラウスに選んだとろみのある生地に針を刺していく。

分厚かったコートの生地よりはるかに縫いやすかった。

まるで、水の中を泳ぐように規則的に縫い目が伸びていく。

辺りには有紀さんが、何かお菓子を作っているらしく甘い香りが漂ってきた。

こうしていると、昨日の自分が嘘みたいに思える。

そして、和也の事も、ほんの少し前までは私を苦しめるだけだったのに、今は忘れようとさえ思わなくなっていた。

和也と過ごした日々は、私の歴史だとさえ思う。

この先、私はどんな歴史を刻んでいくのだろう。

有紀さんが言ってたように、扉の先は明るいのだろうか。

だったら、ちょっとだけ開けて覗いてみてもいいかもしれない。

その時はまた、皆の力を借りなくちゃ。

ふと、亜由美を見ると眉間にシワを寄せてミシンの針先を見つめていた。

亜由美は今、何を考えててるんだろう。

私がそう思った時、亜由美が口を開いた。

「ねえ、今日のおやつ、何だろ?」

「……どうせ、そんな事だと思ったよ。」

私の言葉に亜由美は不思議そうな顔をした。