家に帰り私は今日起こった出来事を頭の中で整理していた。
確かに課長は嫌いじゃないけど恋愛対象にはなぁ…私が21歳で課長が36歳。歳の差15…
うーん。やっぱり一番ベターだけどお友達としてお付き合いしましょうって言うのがいっか。よし、結論も出た事だし今日はもう寝よ。
次の日、いつも通りに会社へ向かった。裏口のドアを開け
「おはようございま〜す」
入った瞬間、目の前に松木課長が立っていた。
「おはよ」
課長は昨日何もなかったかのように向こうへ歩いて行った。ほっ…私は胸をなで下ろした。仕事の方も課長自ら私に頼むので他の部下達も私に頼むようになり仕事は少しずつ増えていった。失敗も減っていった。課長は相変わらず私に小さな仕事から大きな仕事まで頼んでくれた。そんな課長が好きになっていた。勿論、loveではなくlikeとして…。
今日も仕事に追われデスクワークをしていた私に課長が書類を持ってやって来た。
「これお願い」
ふと見るとまた付箋紙が貼ってあった。【今日仕事が終わったら公園の駐車場で待ってて】
振り返ると課長はカバンを持って社外へ出て行く所だった。この間の返事の件かなぁ…?その日は会社が終わるまで仕事が手に着かなかった。仕事終わりのチャイムが鳴った。夕方帰ってきた課長をチラリと見たがまだパソコンとにらめっこしていた。帰り道の途中にある公園の駐車場に私は車を止めた。しばらくして課長がバイクでやって来た。急に胸がドキドキし出した。
「ごめん、待たせて」
「大丈夫です。どうしたんですか?」
私は課長に尋ねた。
「この間の話どうかなと思って…あれからもっと好きになったみたい。こんなおじさんが若い子捕まえて話す事じゃないかもしれないけど、信用出来ないかもしれないけど本気なんだ」
私はあらかじめ準備していた答えを話した。
「歳は離れていますけどお友達としてなら…」
「良かった。しつこくて嫌われるのかと思ってた。有難う。出来ればお友達から…がいいんだけどな。また誘ってもいいかな?」
「あ…はい。」
かくして社内の2人の秘密は始まった。
それから1ヶ月に1、2回の割合で逢った。もちろん連絡はいつもの付箋紙で。課長は携帯を持っていなかった。そこで携帯を買いに行く事となった。社内恋愛は禁止であった為いくらまだお付き合いしていないと言えども端から見たら2人は怪しい関係に見える。社内の人に見られたらどうしよう…。人目を気にしながら量販店で携帯の契約、購入をした。
「これで社内の目を気にしながらの付箋紙でのやり取りはなくなるね」
課長は嬉しそうだった。初めて買った携帯を子供のようにいじっている姿を見て15歳も年上の課長を可愛いと思ってしまった。それから専ら2人の間のやり取りはメールになり付箋紙でのやり取りは自然になくなっていった。
私たちは毎日決まって夜の9時から10時までの1時間メールをした。会社であった嫌な事、嬉しかった事、分からない事…。2人の共通点は会社しかないと思っていた。そんなある日、いつものようにメールをしていると課長から久しぶりにお誘いのメールが来た。「今週の日曜日ヒマ?空いてたらドライブ行こう」何だか嬉しかった。いつの間にか課長の事がlikeからloveに変わっている事をまだ気付いていなかった。課長はいつの間にか会社では[大原さん]プライベートでは[瀬菜]と呼んでいた。私はところ構わず[松木課長]と呼んでいた。そして日曜日、高速に乗って市外に出た。「どこ行くの?」「瀬菜の誕生日プレゼント買い」「えぇ!いいよぅ。まだお付き合いもしてないのに」「えっ?そうなの?もう付き合ってるのかと思ってた。まだ付き合えてないの?じゃ、もう1回言うよ。俺と付き合って下さい」何だか心地よい言葉だった。「もう1回言って!」「何度でも言うよ。俺と付き合って下さい」「宜しくお願いします」こうして私たちは正式にお付き合いする事となった。
「で、どこ行くの?」
「瀬菜のプレゼント買いにデパートにでも…」
初めてのショッピング。まだ手を繋ぐ事も出来なくて横に並んで歩いた。突然課長はジュエリーショップへと入って行った。慌てて付いて行った私に
「ピアスにしよっか。瀬菜は十字架が好きだよね。これ見せて下さい」そう言ってショーケースから出して貰ったピアスはまさに私の好みを知り尽くしているかのような大好きなデザインだった。「わぁ〜可愛い。綺麗だね」何気に値札を見た私はビックリした。ご、ご、5万円!?こんな小さなピアスがそんなにするの!?そんな高価な物子供の私には似合わないよ。とっさに「いいよ、いらない。私には似合わないよ」そう言う私に店員さんは「お似合いになると思いますよ。中央にダイヤが入っているのではめた時綺麗ですし一点物ですよ」余計な事言わなくていいよ。そう思いながら「私いらない」そう言うと課長は「何で?可愛いって言ってたじゃん」
私は小さな声で「値段見た?高すぎるよ」と話すと「値段は関係ない。相場じゃない?これにしよ。」あたふたしている私に「すみません。これ下さい」店員さんは「有難うございます。いいですね。お兄さんですか?優しいお兄さんですね」そう言ってお金を預かり奥へと消えて行った。「ねぇ、お兄さんって言われたよ。カップルには見えないのかなぁ…」そうつぶやくと「援交と思ってるかもね。兄弟にしては全く似てないもんなぁ。やっぱ年の差かなぁ」箱詰めされた商品を店員さんが持ってきた。「有難うございました」店を後にした私はさっきの店員さんの言葉にショックを受けたままうつむき歩いた。他人の目が凄く気になった。何だかジロジロ見られてる感じはしてたけど人から見たら私たち援交に見えるのかなぁ…ぎこちない2人だしくっついて歩いている訳でもないし。それから他人の目が非常に気になりだしていた。
それから休みの日は2人で出掛ける事が多くなった。まさか会社の上司と付き合い始めたなんて親にも言えず、出掛ける際は必ず友達の名前を使って出掛けた。2人のデートはドライブして観光地巡りが多かった。もちろん会社の社員に見られては困る秘密の関係だったので市外へ出る事が当たり前になっていた。「ねぇ松木課長、どうして私と付き合おうと思ったの?」
「うーん、一目惚れかな。て言うかその松木課長って呼ぶのやめようか。名前で呼んでいいよ」そう言われたものの一回り以上年上だし上司だし名前で呼び捨て出来るはずもなく〔たくやさん〕〔たく〕…色々考えたがしっくりくる呼び名もなく〔ねえ〕と呼ぶ事にした。その〔ねえ〕もいつの間にか〔たくちん〕と呼ぶようになっていた。
その日も2人はドライブを楽しんでいた。昼食を済ませ、たくちんが
「次どこ行く?」
「たくちんに任せる」
「じゃあホテルに入ってもいい?」
「…………何で?」
「いちゃいちゃしたいから」
「今でもいちゃいちゃしてるじゃない」
車の中ではいつも手を繋いでいた。人目を気にせず、誰にも見られる事もなかったから。2人きりの空間が私に取って聖域だった。
「ダメ?瀬菜が嫌なら行かないけど…」
「…何にもしない?」
「うん。何にもしない」
こうして私たちは2度目のホテルへと入って行った…
「わぁプリクラがあるよ!」
部屋に入るとプリクラの機械が置いてあった。
「ねぇ、一緒にプリクラ撮ろうよ」はしゃぐ私にたくちんは
「えっ、俺はいいよ」
そう言ってソファーに腰掛けた。
「せっかくだから一緒に撮ろうよ。ゲーセン行くよりいいでしょ?誰も見てないから恥ずかしくないよ」
しつこい私に観念したかのように重い腰をあげやって来た。
「ちゃんと画面に入るようにね。切れてたりしたらダメよ」
私たちは頬と頬がくっつく位近くに並んだ。たくちんからは優しいシャンプーの香りがした。「じゃあ撮るよ。3、2、1」
【カシャ】
「やったぁー。これでプリクラ初めて記念日だね」
そう言って振り向いた私にたくちんはそっとキスをした。
「何にもしないって言ったのにぃ〜」
私は恥ずかしくてうつむいた。たくちんの唇は柔らかかった。
「ごめん、つい…。もう1回してもいい?」
私はぎゅっと目をつぶった。フッと唇が重なった。ほのかにタバコの香りがした。2人の初キスだった
ホテルの中ではカラオケボックスと化していた。と言っても私1人盛り上がりたくちんはソファーに座ったまま私の歌を黙って聞いていた。
しばらくしてホテルを後にした。帰り際バイバイのキスを交わし別れた。その夜、今日の出来事を思い出し1人にやにやしていた。完全に私はたくちんにノックアウトされていた。
次の日、いつも通りに会社へ向かい仕事をこなしていた。突然専務に声を掛けられた。
「大原さん、これ後で松木課長に渡しといて」
周りを見渡したが課長の姿がなかった。しばらくして現れた課長に先ほど渡された資料を届けに行った。
「松木課長、これ専務からお渡しするように言われてます」
「あっ、ありがとう」
手渡して自分の席へ戻ろうとした時課長が声掛けた。
「大原さん!」
「はい?」
そばに行くと課長は小さな声で
「昨日はごちそうさま」
と笑顔で言った。私は顔が真っ赤になるのを感じながら
「はい、分かりました!」
何がわかったのやら。とりあえず周りに気付かれまいとさも仕事の話をした後のように返事を返したのだった。
「寂しい…」
今日はたくちんは有給で仕事を休んでいた。いつも顔を合わせる事が当たり前だった毎日がいかに幸せだったのかつくづく思い知った。事務員の坂本さんが話掛けてきた。
「松木課長、痛風でお休みらしいよ」
「えっ?痛風なんですか?」
聞けば持病で痛風を持っているとの事。私には一言も言わなかったくせに…
続けて坂本さんは言った。
「松木課長優しいよね、私嫌いじゃないな」
な、な、なにぃ〜!!
坂本さんは私より年上で一年先輩だった。私なんかと全く違って大人の色気ムンムンだった。「私、体には自信あるのよねぇ〜。彼氏はいないけど…」
そう言って私を見た。
確かに私は胸もペチャンコで幼児体系…。坂本さんとは雲泥の差があった。
ヤバいよ私!完全に負けてる!こんな人がたくちんに手を出したら私捨てられるかも…。
恐ろしくなってトボトボ席へ戻った。
「たくちん、寂しいよぅ、逢いたいよぅ…」
その日の1日は長かった。いつの間にか私の胸の中をこんなにいっぱいたくちんで埋められていたとは気付きもしなかった。こんなに好きだったとは思いもよらなかった。