ここかぁ…
今日は面接日。初めて挑む就職活動。私は緊張した面持ちでドアを開いた。深呼吸して…
「初めまして。本日面接を受けに来た大原瀬菜と申します。」
突然の大きな声が事務所内に響いた。受付の女性に案内され応接室へと通された。ドキドキ心臓が敗れそうだった。暫くして社長自ら現れた。
「元気がいいねぇ」
そう言いながら履歴書に目を通しいくつか質問された。
「はい、分かりました」
えっ?もう終わり?ダメかぁ…そう思っていた私に思いも寄らない言葉。
「で、いつから来れる?」。
えっ?ご、ご、合格!?
「もちろん明日から大丈夫です」
かくして私の就職活動はあっけなく幕を閉じた。
「ありがとうございました」
心踊る気持ちで会社を後にした。その様子を後に付き合う事となるダーリンが食堂から見ていたとは夢にも思わなかった。
「行ってきまーす」
元気いっぱいに出掛けた初出勤の朝。車を運転しながら自己紹介の内容を考え走っていた。少し早めに会社へ着いた。ドキドキしながら裏口からノックして事務所へ入った。
「おはようございます。」
見渡すと昨日の事務所内が嘘のように人が沢山いた。
圧倒されて尻込みした。自己紹介の挨拶ではやや小さな声になっていた。
朝は営業マンや現場員みんないるから多くてビックリしたでしょ?先輩事務員さんの言葉は私の頭の中を素通りした。
早速私の席が設けられ仕事開始!と、言っても右も左も分からない私は先輩事務員さんについて仕事内容を習う事よりなかった。
電話応対、設計図の製本、見積書・入札書の作成、売上管理簿の書き方etc…習う事は沢山あった。私は必死だった。
まだ入社して間もない私、何も知らない私、失敗の連続だった私。そんな私に営業、設計、現場員誰からも仕事が廻って来るハズもなかった。みんな仕事に慣れ失敗をしない先輩事務員に仕事を頼んでいた。
私は手持ち無沙汰だった。いつ給料泥棒と言われるのかビクビクしていた。
「私やります。」
沢山の書類をコピーしていた営業マンに思い切って話かけた。
「あっ、大丈夫。」
あっさり断られ自分の席へと戻る途中、さっきの営業マンが先輩事務員の坂本さんに
「ごめん!大事な書類なんだ。失敗しちゃマズいから慎重にやってくれる?」
頼んでいた。えっ?私じゃ不安って事なんだ…。坂本さんは
「私忙しいんですけど…」
といいながらこっちをチラリと見た。あなたコピーもまともに頼めないのと言わんばかりの眼差しで。
私はとぼとぼ自分のデスクにたどり着いた。その時後ろから声がした。
「見積書書いてもらえる?」
初めて仕事を依頼された。しかもコピーなんかよりずっと重みのある仕事を…
振り返るとそこには松木課長が立っていた。
「あ、あのぅ…私ですか?」
とっさに尋ねた。
「そうだけど忙しい?」
嬉しかった。初の仕事の依頼が来た事が…。その課長こそが後にダーリンとなるたくちんだった。
松木課長はいつも私に仕事を頼んでくれた。何度失敗しても怒る事なく笑って接してくれた。会社を辞めようか真剣になやんでいた私に仕事を与えてくれミスしてもそれでも代わりの人に頼む事はなかった。おかげで私は少しずつ成長していった。
失敗しても間に合わなくても私に仕事を依頼してくれる松木課長が人間として、上司として好きだった。勿論、恋愛感情は抜きで…
そんなある日
「この書類作成してくれる?」
渡された書類の右端に小さな付箋紙が付いていた。それにはこう書かれてあった。【今度ご飯食べに行こう】。ど、ど、どうしよう。下心とかあるのかなぁ…断ったら会社行きづらいし。。。松木課長は人気者だった。優しくて面倒見が良く仕事も出来る、まさに絵に書いたような上司だった。まさか下心とは…私と15歳も離れている大人だし。
書類の作成が終わり松木課長のもとへ届けに席を立った。
「有難う。」
それから小さな声で
「付箋紙見た?」
と尋ねてきた。
「はい。お食事ですよね。大丈夫です」
私はお誘いに乗る事にした。まさか15歳も離れた恋愛対象外の上司と恋に落ちる事になろうとは夢にも思わずに…
日曜日、上司のお誘いのお食事。薄化粧に控えめな格好で待ち合わせの公園へ出掛けた。
既に課長は車を止めてタバコをふかしながら待っていた。会社で見る松木課長とは全く別人のように思えた。
「課長、遅くなりました」
慌てて駆け寄る私に松木課長は
「遅れてないよ。俺が早く来すぎただけだよ」
そう言って笑った。
「乗って!」
言われて後部座席へ乗ろうとした私に
「助手席空いてるよ」
そう言われ助手席に乗り込んだ。それから車はゆっくり走り出した。
「課長はどうしてお食事なんかに私を誘ったんですか?」
そう質問する私に
「大原さんは彼氏とかいるの?」
逆に質問が返ってきた。
「…いません」
そう答えると
「そうなんだ。今から美味しい伊勢エビでも食べに行こう」
はぁ?課長の考えてる事が分からなかった。お店に付いて座敷へ上がり海の見える個室に通された。
「課長、さっきの私の質問に答えてないですけど…」
私はおどおどしながら課長へ問いただした。課長は私の目を見ながらこう言った。
「初めて見た時からタイプだったんだ」
え、えぇ!!ビックリした。
「付き合えない?」
いきなりの展開に戸惑っていると料理が運ばれてきた。
「美味しそうだね」
そう言いながら食べ始めた課長を目の前に私の食は進まなかった。
それから海岸沿いをドライブし帰る事となった。突然課長は
「ごめん、お風呂に入って帰りたいからホテル寄ってもいい?」
「ええっ?」
尻込みした私を見て笑って
「あはは。何にもしないよ」
「絶対ですか?」
「絶対だよ」
そう言って一軒のホテルへと車を止めた。
「ホテル来るの初めて?」
聞かれた私は
「初めてじゃないです」
と見え透いた嘘を着いた。部屋へ入り課長はお風呂のお湯を溜め初めた。目の前にはなんともデカいベッドがドーンと置いてあった。テレビの横にカラオケを発見した私はこの危ない雰囲気をかき消すかのように大音量で歌い始めた。お湯が溜まったようで課長はお風呂に入っていった。ほっ。私は初めて入ったホテルと云う聖域をキョロキョロしながらくまなく室内を探った。
すると浴室から声が…
「一緒に入る?」
「入りません!」
すかさず断った。