歩き続けた体には寒さが染み付いていて、あたしは手を合わせて息を吐きかけた。抱えた膝はひんやりと冷たい。
 彼女の歌声は、カラオケの個室で聴いた友人たちのものとは似ても似つかなかった。
 女性にしては若干ハスキーで、それでいてどこか暖かい。唇からこぼれる言葉のひとつひとつに力強さがある。
 心地よさに目を閉じて静かに息をつく。長く、細く。彼女の歌声を邪魔しないように。
 瞼の裏に貼り付く人物は、いくら泣いても流れ落ちてはくれなかった。喧嘩だってしたし、最後に聞いた声はひどく動揺して震えていた。それでもいま思い出されるのは、優しく微笑む彼の姿だった。