あたしは大きく深呼吸した。秋の湿った空気が、肺いっぱいに入ってきた。
「平気。ひとりで歩きたい気分だから」
 今日一番の、まともな笑顔ができた。雪平はポケットに両手をしまって、そっか、と頷いた。
「じゃ、気をつけて帰れ」
「うん。また明日ね」
「おう」
 ひらひらと手を振って歩き出す。しばらく行ったところで振り返ると、雪平はまだそこに立ってあたしの背中を眺めていた。
 もう一度大きく手を振ると、雪平はまるで子供のように、大袈裟に腕ごと振り返してくれた。
 それがおかしくて、声を出してあたしは笑った。気晴らしにと誘ってくれたカラオケよりも、それが一番にあたしの気持ちを和らげてくれた。
 だいぶ歩いたところで期待を込めてもう一度振り向いたが、彼はすでにいなくなっていた。