「あ、ごめんなさい。仲が良さそうで、つい」

「は? アンタ頭おかしいんじゃね?」


 尤もらしい少年の言葉に、律はムッとした。

 この少年には分からないだろう。世の中には仲が良くない親子もいる事を。


「正常です」


 キッパリと言い切り、律は歩き出す。すると、背後から忙しそうに走る足音が聞こえた。


「律!」


 聞き慣れた声に振り返ると、息を荒げたスーツ姿の男性がいた。

 律は大きく目を見開く。


「お兄、ちゃん?」

「はーっ。やっと追いついた。足速いな、律は」

「お兄ちゃん、大学は?!」

「自主休講」

「どうして!」

「お袋、来ないんだろ?」


 鋭い兄の言葉に、律は口を閉ざす。


「寂しいだろ」

「何言ってるの。大丈夫!」

「律」

「私をダシにして大学休もうったって、そうはいかないんだから! ほーら、大学に行って!」

「でもな、」

「行かなきゃもう口利かない」

「ゔっ…。本当に大丈夫か?」

「うん。ありがとう、お兄ちゃん」

「頑張れ、な?」

「もちろん!」


 ぽんと兄は律の頭を撫で、来た道を戻る。律は兄の背中を見送り続ける。

 角を曲がり、姿が見えなくなった途端に涙が零れた。必死で堪えようと口を真一文字に結ぶ。


(あぁ…。私、全然平気なんかじゃない。つらかった。お兄ちゃんの言う通り、寂しかったんだ)


 見て見ぬ振りを、気づかない振りをして来た気持ち。それが今、溢れ出す。


「ふっ…ぅ…」


 立ち尽くしたまま、懸命に涙を拭う。

 止まらなかった。こんな道端で泣いてはいけないと自分を制したところで、動く事も泣きやむ事も出来ない。

 不意に律の視界に青色のハンカチが飛込んで来た。

 驚いて、ゆっくりと顔を上げる。

 差し出してくれたのは、あの少年だった。


「使えよ」

「あ…、大丈夫です。済みません」


 ぺこりと頭を下げる。


「疲れる性格だな、アンタ」


 呆れたように言い、少年は差し出したハンカチをポケットに戻した。