「姫。私の最大の汚点は、貴女を愛してしまった事です。姫としてではなく、一人の女性として」

「え…?」

「では、お元気で」


 蒼は馬の腹を蹴る。馬は嘶き、走り出した。


「ま…っ、待ちなさい、蒼ぃー!!」


 奏の大声に、蒼は驚いて馬を止めた。そして勢い良く振り返る。


「言い逃げなんて許さないわよ! 私だって蒼が好きよ!!」


 驚いた顔で、蒼は奏を見る。

 少しの間があって、やっと理解出来たようで、とびきりの笑顔を浮かべた。

 深々と礼をし、去って行った。


 奏は蒼の去って行った道を、まだ見つめている。


「さようなら、蒼」


 ぽつりと奏は呟いた。

 ずっと傍にいて、幾つもの季節をともにして来た人。忘れたくても忘れられない、大切な人の背に別れを告げた。

 それから律の方を見て、微笑む。


「ありがとうございます、真空殿」


 笑ったまま──その場に倒れ込んだ。


「ひ、姫様?!」


 律は奏を覗き込む。真っ青で、息をしている様子もない。

 まさか、と奏に触れようとするが、律の手は奏の体を通り抜ける。触れられない。


「こんなのって……こんなのってないよ!!」


 律はそのまま、平安から姿を消した。










 気づくと、夕暮れ時だった。視界に広がるのは、見覚えのある土手。

 隣には、一日振りに逢う大好きな人。


「大丈夫か、真空」


 いつもと変わらない表情で訊いて来る。

 空を見て、律は自分の居場所へ戻って来た事を実感した。それとともに、ついさっきの出来事を思い出す。