まだ注文を済ませていない雄二は、いきなり出て来たダージリンティーを前に首を傾げる。

 仄香は微笑み、口を開いた。


「私がマスターに頼んでおいたの。ここのダージリンティーは最高においしいのよ。飲まなきゃ損々」

「そうなんだ」

「さ、飲んでみて。あ、マスター、お代わり」

「はい」


 軽く礼をし、マスターは奥へと引っ込んだ。

 そして雄二はダージリンティーを静かに啜る。


「うん、おいしい」

「でしょう?」


 この喫茶店は仄香の馴染みの店だ。四年前から通っているので、マスターとも仲が良い。


「お待たせ致しました」


 ティーポットを持ったマスターは、仄香のカップにダージリンティーを注いだ。


「ありがとう、マスター」


 マスターは笑み、口を開いた。


「仄香ちゃんの彼氏かい?」


 愉快そうなマスターの言葉に、仄香は頬を赤らめる。


「ち、違います! 友達です!」

「そうなのかい? 残念だなぁ」

「何がですかっ」

「ほら、仄香ちゃんはいつもここに一人でいるでしょ。一緒にいてくれる相手が出来たなら、私も嬉しいさ」


 マスター、という他の客の呼びかけにマスターは答え、仄香らに礼をして去った。


「仄香ちゃん、いつも一人で?」

「や、その、ここの紅茶が好きでね」


 弁解するように、仄香は答える。


 ここは、中等部の時に初めて雄二と二人で来た喫茶店。

 本当は律や空と四人で来る予定だったのだが、二人は急用で来れなくなり、雄二と二人で過ごした場所なのだ。

 それ以来、仄香にとってここはとても大切な場所。


「仄香ちゃん、僕また春休みに帰って来るから、その時にまた一緒来ようね」


 さっきのマスターの言葉を気にしているのだろう。雄二はそう仄香に言った。

 それがただの同情だとしても、仄香は嬉しかった。


「うん」


 はにかみながら、仄香は頷いた。雄二は満足そうに笑う。


 二人の新たな関係はまだまだ始まったばかり。焦らず、ゆっくり築いていく。

 二人の、二人らしいペースを保って。





*End*