「そういう事じゃないんです。……蒼さんは、姫様に逢わずに行ってしまっていいんですか? それで納得出来るんですか?」

「これでいいんです。つらくなくて済みます」

「蒼さん…」

「楽しい一日をありがとうございました」

「こちらこそ、本当に何から何までありがとうございました!」

「お元気で」

「蒼さんも」


 懸命に笑みを浮かべた。

 その直後、不思議な感覚に襲われた。ふわふわと宙に浮くような感覚。


「姫?!」


 倒れ込む奏の体。律はそれを目の前で見ている。


「律様? 何故、幽体に」


 蒼が驚いた顔を律に向けた。

 幽体、つまり、魂だけの存在。つまり…。


「え?! 今、私幽霊なの?!」


 律はパニックに陥る。蒼は律を慰めようとあたふたしている。


「蒼…?」


 蒼の腕の中から、か細い声。その声に、二人は動きを止めた。


「姫…!!」

「蒼、なのね? 良かった、間に合って」

「姫…っ」


 腕の中に戻って来た奏を、蒼は力一杯抱き締める。奏もそれに応えるように、とても嬉しそうに、幸せそうに笑んだ。


「立つから、手を貸してくれる?」

「あ、はい」


 蒼は即座に立ち上がり、奏に手を差し伸べる。手を取り立ち上がると、奏は蒼と向き合った。

 とても真剣な顔で口を開く。


「忘れ物は、ございませんか」

「はい」

「お食事は、きちんと摂って下さい」

「はい」

「お体には、充分気をつけて下さい」

「はい」

「傷の手当ては、しっかりなさって下さい」

「はい」

「それから……」


 一筋の涙が奏の頬を伝った。奏は少しも動じる事なく、言葉を続ける。