「好きな人がいるの。蒼っていうんだけど、凄く優しい人で、文句一つ言わずに私に仕えてくれてる」

「へぇ…」


 中身が違うと理解していても、やはり好きな女性から別の男性の話を聞くのは妬ましいものなのだろう。

 空は少し不機嫌な顔をして耳を傾ける。


「凄く凄く、誰よりも大切で大好きなのにね? 私の気持ち、伝えられないの」

「言う勇気がないのか?」

「伝える勇気はあるわ、ちゃんと」

「なら、」

「伝えちゃダメなの。私は恋愛感情を持ってはいけない身だから」


 奏鳴は遠い目をする。


「街という大きな荷を背負っているから。気を緩めちゃいけない」

「街を……背負う?」

「私、街巫女だから。街を守る義務が課せられてあるの。だから、強く言われているの。恋愛感情を持つなと。霊力が衰えては困ると」


 奏は茜色に染まった空を仰いだ。


「無理に決まってる。私だって人間だもの。恋をしてしまうのは自然な事よ。なのに父上は私の気持ちに気づいて、蒼に戦へ行く事を命じたの」

「…………」

「ひどい話よね」


 奏の目からいくつもの涙の粒が落ちる。泣いている事に気づいていないのか、奏は涙を拭わずに言の葉を連ねる。


「誰かを愛して何が悪いの? 私が何をしたって言うの? どうして蒼とはいてはいけないの…! どうせあと僅かの命なのに!」


 涙を堪えるかのように歯を食い縛る奏に対し、空は何も言えなかった。

 かけてやる言葉が見つからない。励ます事も、同情する事も、見放す事も出来ない。ただ傍で、話を聞いてやる事しか出来ない。


「俺にはよく分からないし、何も言えないけど……話を聞いてやる事くらいなら出来るからさ、溜め込んでるもん、全部吐けよ。独りで抱え込んでるのはつらいだろ」


 空の正直な気持ち。多分、それが通じたのだろう。

 再度見る奏の表情は幾分、和らいでいた。


「ねぇ、私に言の葉をくれない?」

「言の葉?」

「大丈夫って。それだけで、元気になれるから。いつも蒼がくれる言の葉よ」

「大丈夫。ちゃんと蒼の所に戻れる」

「ありがとう」