空が東京へ発ち、残された律を心配して雄二が駆け付けた日の出来事。
週に一度ほどの文通をしていたので、雄二は仄香の手紙から律や空の情報を得ていた。
空が東京へ行き、律が塞ぎ込んでいる事を知った雄二は宮城を後にした。少しでも元気になってくれればと、そう思ったのだ。
律に会い、サッカー部に顔を出し、雄二は仄香と待ち合わせた喫茶店にやって来た。
「仄香ちゃん」
「中山君…」
久し振りに逢った雄二は、少しだけ背が伸びていた。相変わらず優しい笑みを浮かべる雄二に仄香は見とれる。
次に逢ったら怒ってやろうと思っていた。しかし、それすらも吹き飛んでしまうくらい、雄二との再会は嬉しいものだった。
仄香は思わず苦笑した。
私も相変わらず、中山君に弱い。
「律に会った?」
席に着き、コートを脱ぐ雄二に仄香は尋ねた。雄二が突然戻って来た理由である事柄を。
「うん。元気なかったね、本当に。びっくりしたよ」
「相模君だけが全てだったから…」
何に変えても失いたくはなかっただろう。
律にとって空は、初めて愛した人だった。
「本当にそうなのかな?」
「え?」
「本当に、律ちゃんにとって相模だけが全てだったのかな?」
ひどく優しい声音だ。
優しく気遣う雄二に、仄香は泣きそうになった。
「律ちゃんにとって、仄香ちゃんもまた大切な存在なんだよ」
「中山君…」
「仄香ちゃんだって頑張ってるんだから、自分を責める事はないよ」
何故……何故、分かったのだろうか。仄香が、律の助けになれない自身を責めている事。
仄香は大きく目を見開く。
「ね?」
「うん――」
例え気休めでも、仄香は雄二の優しさに甘えさせてもらう事にした。
「いらっしゃいませ。こちら、当店自慢のダージリンティーでございます」
カチャ、と小さな音を立て、この喫茶店のマスターは雄二の前にティーカップを置いた。