美桜に出会う前は、こんなことなかった。
こんなんじゃなかった。
志月とも、それなりにつるんでたしバカやったりもした。
女好きの志月の隣で、どこか冷めた恋愛感情を抱えて。
――『お前、無駄にモテるわりには彼女作らないよな』
そう、言われきて。
好意を寄せられても、こっちが好きにならなければ意味がない。
いつか、彼女が出来て“本気”になれる日が来るだろうと。
そう、考えてた――。
美桜の影を見つけた時、自分に眠る“何か”が疼いたのを今でも鮮明に思い出せる。
あれが、恋なんだ。
初めて会う名前も知らない彼女にあっけなくオトされて、夢中になって。
今まで冷めていたハートが、一気に熱を持ち、焦げ付く瞬間。
この氷の心を溶かして、温かく包んでくれたのは紛れもなく美桜なんだ。
「大丈夫だから。行ってきて?」
――でも、あんまり遅くなっちゃ嫌だよ?
透き通った、黒い瞳。それをちゃんと見つめ返して。
「分かった。早く帰るから」
こうして、俺たちは途中で別れたんだ。
あと数分、帰るのが遅かったのなら。
美桜の後ろに迫る“アイツ”の影を見つけられたのかな――。