「君のその香りが好きだった。甘酸っぱい香水の香りが」


 確かに死に間際の俺でも、今の千奈美の香水の残り香は分かる。


 女性でもとりわけ気遣いの細かい人が付ける、男性を虜にしてしまうような甘い匂いだ。


 それが香っている。


 俺は人生の中でもラストシーンを演じるところまで来ていた。


 亡き父信太郎のことや、結婚生活でもすれ違いが続いた優紀子とのこと、そして社員が入れ替わりこれから大いに発展する手筈だった今井商事のこと……、自分の送ってきた人生がまるで走馬灯のように脳内を駆け巡る。


「千奈美、好きだよ」


「浩介さん、しっかりして!」


 千奈美が大声で呼ぶが、俺は息がもうすぐ途絶えてしまうのが分かっていたので、苦しかった。


 俺の目に桂浜の坂本龍馬の銅像が見える。


 そういえば龍馬も盟友の中岡慎太郎とともに暴漢から暗殺されて、人生の最後を終えたような、そんな事実が浮かんできた。