☆サイレントウォーク(2)

実はこうやって、過去に何度も観光中の男女カップルを成立させてきた経緯がある。
明らかに両想いになりそうっぽい旅行者同士を、こうやってサイレントウォークに誘う。

理由はよくわからないが、サイレントウォークには人を素直にさせる何かがあるらしかった。それまでぎこちなかった空気が、これを機に一転するのだ。
まいらに言わせれば、観光客を幸せにするためなら手段は問わない、しまなみ女の心意気だそうだ。いかにもまいららしい。

あたりの闇が深みを増し、キャンドルの灯りが存在感を増す。波と砂を踏む音が続く。
彼女の腕と俺の腕が触れ合う。気づけば、二人の距離がさっきより近くなっていた。

思わず握る手に力をこめたくなる。でも、出来ずにそのままでいる。
シャンプーの匂いに、切なさがこみ上げる。

まいらは優しく目を細め、キャンドルの灯りを穏やかに見つめていた。
キャンドルの灯りのせいだろう、彼女の瞳が潤んでいるように見えた。

昨日までは死ぬことまで考えていたはずの彼女。
ハンドルネームはぽこ、と言ったか。
あの大粒の涙が、俺の脳内で何度も再生されていた。
彼女にとって、俺はどんなふうに映ったんだろう。

ふと、太古の人類が浜辺を歩き、食糧を求め、家族の手をひいて移動しているイメージが浮かんだ。
俺は父だ。

原始の俺はこうして子と妻の手をひき、食糧は無いのかと内心焦りながらゆっくりと歩いている。

子の手がほんの少し震えている。
まだ生きていたいという身体の悲鳴だ。
大丈夫だぞ、と伝えるために手の力を強める。
ほっとする力で子の手が緩む。