☆クロスオーバー(3)

勾配8%の地獄の坂にさしかかろうとしていた。今日の昼にミネラルドリンクを届けた、多々羅大橋へ入る自転車専用道路だ。
細い道、闇と森がざわついている。

「こっからだよ!がんばれお兄ちゃん!」
「ああ!」
何だか両手で背中を押されている気分だった。ヘリコフから道路に落ちた白いライトの円球を手掛かりに、上へ上へとペダルを進める。

はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。
苦しい。太腿が悲鳴を上げている。もげそうになる。景色が歪む。

「苦しいよね?BGM変えるよ!」

ヘッドセットの音楽が変わった。あの曲だ。
ヱヴァンゲリヲンに搭乗したシンジとレイが、目を剥き悲鳴を上げ痛みに悶絶しながら、世界を救うために闘っているシーンが頭の中で再生された。
血液が沸騰した。もう一度、ヱヴァンゲリヲンになれた気がした。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
土砂降りのような汗、ペダルを再び踏み直し、俺は俺の地球を救うために突進を開始した。

勾配が優しさを取り戻す。ついに坂を登り切ったのだ。
眼前には人類が作ったとは思えない巨大な橋の道路が永遠に前へ続いている。
ヘッドセットに声が響いた。
「お兄ちゃん、先に行ってるよ!」
「頼む!」
バラバラとヘリコフが頭上を通過し、沈み尽くす寸前の紺碧をバックに突き進んでいった。

正直俺は体力の限界を迎えていた。息は上がり意識は遠のき、何に向かっているのかもぼんやりしていた。
だが俺は最後の力を振り絞った。そうだ、あの時シンジやレイは、肉も骨も内臓もバラバラにぶっ壊れるほどの激痛に耐え、それでもこの星を守り抜こうとしたんだ。
まいらとBGMも応援していた。背中を押していた。負けてたまるか、と思った。

「お兄ちゃん、いた!!」
まいらの声がする。宙ぶらりんな頭が再び覚醒する。
「どこだ!?」
「鳴き竜!女のひとが手を叩いてる!」