「紀子のことが好きだったんだ」

 彼の声が響く。

「雅代さんから記憶がなくなったって聞いて、チャンスだと思った」

「チャンス……?」

「そう。紀子を手に入れる、チャンスだと思った」

 私の涙は彼の部屋着に染み込んでいく。

 それでもしっかりと私を抱いたまま、勝彦は静かに語りだした――。



 雅代さんの店の客の中でも、俺はダントツに若い客なんだ。

 だからだろうね、年の近い紀子は、それなりに俺を親しんでくれたよ。

 プライベートなことも話してくれたし、彼氏がいることも、別れたことも知ってた。

 一つ上の先輩として、相談されたりしたからね。

 妊娠したり、堕ろしたりってことは今日初めて知ったけど……。

 とにかく、俺は紀子が好きだったんだけど、紀子にとって俺は「いい人」止まりだったんだ。