紀子と呼ばれるのに、まだ慣れない。
きっと数日前まで26年間「十和田紀子」をやってきたんだろうけど、今の私にとっては新しく付けられた名前。
長い髪も、キレイに彩られた爪も、数日前までは「旧・十和田紀子」のものだった。
勝彦の家は実家から近い場所にあり、五階建てアパートの五階だった。
割と広く、片付いていて、彼の性格がうかがえる。
「ゆっくりしてて」
という勝彦の言葉通り、テレビの前のソファにゆったりと座る。
一人暮らしにしては大きいテレビ。
何も覚えていないというのに、テレビの大きさの基準はわかる。
なにそれ?
頭の中だけで自嘲していると、彼がコーヒーを入れて持ってきてくれた。
テーブルに置かれたカップ。
砂糖とミルクは既に入っているようだ。
きっとこれが旧・紀子の飲み方だったのだろう。
「ありがと」
「いえいえ」