「良いわ。勇次くん、報告は明日の朝にしてちょうだい」
「はい、分かりました。ところで社長、千尋ちゃんは上ですか?」
「ええ、そうよ。後で原田の父が迎えに来るはずだわ。どうかした?」
「いや、バイバイ言おうと思って・・」
「私のプライベートルームは簡単には見れないわよ。でもこうするとあの子はベランダに出て来るわ」
原田社長はそう言って黒亶の机の上にあるボタンを押した。
「表に出てみて」
社長の言う通りに表に出て見ると、二階のベランダの柵の上にちょこんと顔だけ出した千尋ちゃんが見えた。
「今日はこれで帰ります。先輩さようなら」
僕が手を振ると千尋ちゃんもそれに答えて手を振ってくれた。
(かわいい・・)
小さな先輩のお見送りを受けて、僕はステーションワゴンを駐車場から出し、B社へと向かった。
(自分の子供ならもっとかわいく見えるのだろうな?)
一人ニヤニヤしながらハンドルを切って行った。
電話でアポイントは取れないような気がして僕は何の連絡も入れずにB社へ到着した。
守衛門はあるにはあるが、ここには誰もいない事は知っていた。空いた駐車場のスペースに勝手に車を停め、両開きのドアを押してモルタル造りの建物に入る。受け付けで名前だけを名乗り、約束はしてない事を告げたのちに担当者がまだいるか確認した。
「少しお待ちください」
と言われ受け付けの女性がどこかに内線を入れるのを待つ。相手が出たのを確認し、受話器を渡して貰えるようにジェスチャーで伝える。
受話器の向こうに聞いた事のある声がしていた。
「どうも突然すいません、勇次です。ご無沙汰をして――」
電話の相手から5分ほど待つように言われ、受け付けの前でその人が現れるのを待った。
5分後きっかりにその人はやって来た。
挨拶を交わし、名刺を差し出す。
(なるほど、顔色が変わったな・・)
その人は僕の腕を掴むと、近くのゲタ箱の影へと連れて行った。
「『H・O・S』ってまずいよ、勇次くん」
「やっぱりですか・・」
「分かってて来たの?勘弁してよぉ」
「折り入ってお願いがあって来ました。ここでなくて良いんでどこか2、3人入れて貰えませんか?」